会員の体験談

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ここに掲載する体験談はNPO法人 黄斑変性友の会の会員に限定した生活の記録です。

他の会員の病気との付き合い方などを知ることによって、自分自身の暮らし方の参考にしてほしいと願っています。

会員以外で投稿を希望する方は入会手続きをとってください。 

投稿要領をお知らせいたします。

一人一人の執筆者が表現された気持ちや内容を尊重し、誤字脱字や公序良俗に反する場合を除いて原則として加筆修正はしていません。 (事務局)

会員の皆さんへ            2018年3月10日

「体験談」のお願い

 「NPO法人 黄斑変性友の会」では、昨年8月会員の皆さんからお寄せいただいた貴重な体験を「私の体験談」として、冊子にしてお配りしました。今年も「体験談(第二集)」を発行いたします。

 今年は、田辺三菱製薬の 「手のひらパートナプログラム から助成金を頂くことになりました。「第二集」は8月頃に会員の皆さんに配布するほか、NPO法人 黄斑変性友の会のホームページにも掲載いたします。

 ひと口に加齢黄斑変性といっても、この疾患に罹ってからの年数などによって、見え方は一人一人異なります。日常生活で困ったこと、それに対してどのように乗り越えているかなど、それぞれ異なる体験をしています。

 しかし、異なる体験であっても参考になる情報や、共感できる点があると思います。それをどのようにしたら自分にあてはめることができるかを考え、毎日の生活に役立てていただきたいと思います。

 すでに第一集にお書きいただいた方もその後の様子について、家族の方もどのように支えたかなどお書きください。皆様のご参加を心よりお待ちしています。 

 会員の方々が綴った貴重な体験は社会的資産として大きな価値があります。

 永久に保存するため、国立国会図書館と大阪府立中央図書館に寄贈いたします。

NPO法人 黄斑変性友の会 

代表世話人 髙田 忍 

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I030055107-00

体験談の書き方

●同封する原稿用紙をお使いください。

 代筆もいたします。お気軽に電話ください。

 最初に名前(匿名可)加齢黄斑変性のタイプ、発症時期(年齢)を記入してください。顔写真も差し支えなければお願いします。プリントは郵送で、デジカメのデータがある方はお問い合わせ欄からお送りください。

 題名に続いて体験談をお書きください。

字数: 制限はありませんが、400~600字を目安とします。

内容: 自由にお書き下さい。

参考までに、

以下のような点について書くとまとまりやすいと思います。

・ いつ目の異常に気づいたか、何がどのように見えたか

・ その時、どうしたか(すぐ眼科を受診した、しばらく様子をみたなど)

・ 加齢黄斑変性という病名を聞いたときの気持ち

・ その後の治療経過(病院、治療法など)

・ 日常生活で困っていること、その解決法と工夫

・ 日頃の暮らし(仕事、健康、家事、買物、趣味、人との付き合い)

注:誤字脱字、公序良俗に反する内容などは修正させていただくことがあります。

送付先: 

郵送:   544-0005 大阪市生野区中川2-7-19

      NPO法人 黄斑変性友の会 事務局長 星野龍一

発行予定:ホームページには原稿が届き次第、随時掲載予定。

目次

掲載日 氏名(略称) 黄斑変性の型 主題
2020年07月02日 野澤 三郎 滲出型

完治できない病気との付き合い方

2020年06月17日 中谷 英世 滲出型黄斑変性

加齢黄斑変性「10年の闘病歴」

2020年04月25日 児玉 功/髙田 忍 滲出型

アイリーア注射しました。児玉 功と髙田の往復メール

2020年04月18日 谷 美智子 滲出型

日々努力の母

2020年04月13日 建部 茂 左眼:滲出型

趣味のチャリ旅

2020年03月20日 神坂 真佐子 両眼 滲出型

大きな声で歌を

2020年03月10日 尾郷 徹哉 病名も何も教えてくれなかった。

赤ワインに玉ねぎを刻んで

2019年11月29日 初田 邦代 滲出型

光る神様に出会って

2019年10月10日 Sさん 両目 滲出型

父を看病して思うこと

2019年10月10日 岡田 弘 不明

毎日8千歩で健康維持

2019年8月13日 雲北 一雄 滲出型

フレイル予防のすすめ

2019年8月6日 匿名希望 滲出型・萎縮型

不安との戦い

2019年3月1日 匿名希望 滲出型

94歳の母に励まされ

2019年2月6日 髙田 忍 滲出型

眼底写真から思うこと(サプリメントの効果)必読

2019年1月21日 布施 英子 萎縮型 滲出型 予防法もしっかり実行
2018年12月18日 高屋 千津子 萎縮型 僕が君の目になる
2018年11月7日 髙田 忍 滲出型 写真でわかるサプリメントの効果
  金子 恭子 萎縮型 滲出型 右眼にも黄斑変性発症
2018年9月15日 横山 和子 滲出型 たし算の人生を
  木下 富夫 滲出型 医師選びの大切さ
2018年8月22日 武田 一恵 両眼萎縮型 自力で頑張ろうと決心-ウクレレと出会って
2018年7月29日 谷美 美智子 滲出型 母を私のもとへ
  岡田 弓子 両眼滲出型 工夫して暮らしています
  長田 順子 両眼滲出型 病名が分かったのは何年も経ってから
2018年6月5日 髙田 忍  滲出型 発症から四年、目と生活の変化
2018年6月17日 堀部 和子 両眼萎縮型 歩けば足を使うし目も使う 脳も活発に
  坂上 高明 滲出型 白内障手術で歪みもよくなった
  伊藤 壽一   サプリメントで予防
2018年4月21日 杉村 弘 滲出型 日常生活と加齢黄斑変性
2018年6月4日 神坂 真佐子 両眼 滲出型 お料理も目で味わいたい
  角野 松枝 滲出型 幼少期節々の歴史
2018年2月1日 本多 隆二 滲出型 サプリメントの必要性
2018年1月27日 Kさん 滲出型 萎縮型 近くて、良い病院は?
2018年1月24日 髙田 忍 滲出型 タブレットなど電子機器の活用
2017年11月18日 弓長 暁 萎縮型 若年期の発病
2017年8月29日 小谷 輝子 滲出型 健康には自信があったのに
2017年7月25日 宮崎 健治 滲出型 発症から現在(平成29年75歳)までの経過
2017年6月16日 Hさん(女性) 滲出型 早朝のウォーキングとラジオ体操励行
2017年6月6日 Kさん (男性) 滲出型 納得の上で注射の可否を判断
2017年3月6日 髙田 忍 滲出型 写真で見る硝子体内注射
2017年3月5日 Fさん 滲出型 忘れてならない家族の存在
2017年4月28日 建部 茂 滲出型 ブルーライトカットのメガネで目を保護
2017年2月11日 晒 香 両眼滲出型 両眼が近視性黄斑変性
2017年2月11日 次原 隆吉 滲出型 萎縮型 眼病の経緯
2017年2月7日 増田貞雄 萎縮型 ボールの行方がよく分からなくて困りました
2017年1月27日 Tさん 女性 滲出型 人の手を借りて
2017年1月17日 岸本 宏 滲出型 拡大読書器の助けを借りて
2017年1月16日 川口 怜子 滲出型 四年間病院にかかったのに、何故?
2017年1月5日 Fさん 滲出型 萎縮型 両目が加齢黄斑変性症になって
2016年12月27日 堀部 和子 萎縮型 それでも働いています
2016年12月15日 福本 静子 滲出型 アナウンサーの目がオタマジャクシの様な形に
  左近 三郎 滲出型 蛍光眼底造影などの結果、黄班変性
2016年12月9日 力石 啓二 滲出型 加齢黄斑変性を発症して
  Sさん 滲出型 「eyeアイ」には愛を
2016年11月18日 国友 征子 滲出型 治療経過
  木下 富夫 不明 病院選びに苦労
  髙田 忍 滲出型 早期発見、早期治療のお蔭


お名前  : 野澤 三郎 
加齢黄斑変性の型 : 滲出型
発症時期 : 2017年4月下旬(65歳)1952年2月8日生 68歳


完治できない病気との付き合い方

 どちらかと言えば健康だった私が、今のような状態になるとは夢にも思いませんでした。


 身長177㎝、体重78㎏、体脂肪率13%。


 週3回のジム通いを続け、48歳頃から片道15㎞の通勤を自転車に変え、身体を鍛えてきたことで58歳時点でも体力年齢は35歳でした。 それがわずか1ヶ月の間に体力年齢は59歳に・・・。


 荷物を持ったり、階段を上ったりした時に肩で息をしていることに気が付き、それからはどんどん悪化していくだけでした。


 仕事上のストレスが原因と分かっていたので、その仕事を辞め、生活環境も変えるため転居をしましたが、回復することなく最終的に横になると呼吸ができない状態に陥りました。


 かかりつけの医院からの紹介で総合病院に行くと、そのまま緊急入院となりました。


 ICUに13日間ベッドに縛り付けられましたが、あれほど呼吸ができなかったものが胸一杯に酸素を取り込めるようになりました。


 症状として心臓肥大による僧帽弁閉鎖不全で、それによって胸水が溜まり肺が圧迫されたことによるものとのことでした。


 原因は心房細動で、これの治療としてカテーテルアブレーション手術を受けました。


 術後は順調でジムで少しずつ心肺機能や筋力改善を行ってきましたが、2年後に再発したため再度アブレーション手術を受けました。


 この頃から血中酸素濃度(SPO2)90~92%程度まで低下しており、心臓が正常に動いていても酸素不足が常態化してきました。


 同時に痰、咳がひどくなり、気管支喘息と診断され、薬漬けの生活が始まりました。


 体力に自信があり、どんな難題でもポジティブに取り組んできたましたが、その基盤となる体力がなくなると、今までの自信は根こそぎ奪われたようで、ネガティブ思考しかできなくなりました。


 その渦中での加齢黄斑変性です。


 現在はコロナ禍の関係で自己防衛の観点から外出を可能な限り控えていますが、徐々に行動範囲を広げ、もう少し仕事もしようと考えています。


 現在循環器系は完治しており、呼吸器系もある程度回復の目処は立ってきましたが、この加齢黄斑変性は現時点では完治することなく、悪化を如何に遅らせることができるかと言うことを主眼に置くことからこの題名としました。


 私が加齢黄斑変性という病気は実兄から聞いて知っていました。


 初めてテレビを見ていてはっきりとした歪みを感じたとき、兄が言っていた症状と同じだとすぐに気が付きました。


 症状を感じて数日後の2007年5月2日、インターネットから検索して比較的信用度が高そうない開業医に行きました。


 症状を説明し、加齢黄斑変性ではないかと聞きましたが、網膜に水が溜まっているが加齢黄斑変性ではないとの診断で、とりあえず治療はせずにしばらく様子を見るとのことで、1ヶ月ほど過ぎた6月13日院長から総合病院で精密検査を受けるよう指示があり、翌6月14日京都桂病院で検査、診断は典型的な加齢黄斑変性とのこと。


 最初の開業医の診断は何だったのか??? 診断できない眼科医が存在するような病気であることに驚きを覚えた。


 京都桂病院ではさらに京大付属病院での検査を薦められ、翌6月15日京大付属病院眼科加齢黄斑変性外来にて精密検査を受け、加齢黄斑変性の治療方法について話を伺った。 治療方法は硝子体注射によるものと、レーザー治療を併用した数日間の入院を要する治療方法について。


 レーザー治療はリスクもあるため、とりあえず硝子体注射を行うことに決定。


 しかし京大付属病院では硝子体注射は行っていないため、自宅から比較的近い病院を紹介され、そこでのアイリーアの硝子体注射を受けることになりました。
 
 6月27日1回目アイリーアの硝子体注射を実施。


 眼球に注射、考えただけでも怖いがこの際ジタバタせずに受けてみました。


 怖いから目をつぶって、と言うことはできず無理矢理器具で開かされ、強烈なライトを浴びせられ拷問を受けているように感じていると、眼球にうっすらと痛みを感じた後眼球内に液体が流れるの見え、それで終了でした。


 術後1時間安静にした後、自分で運転して帰宅。


 術後は目に菌が入らないよう、触ったり洗顔は禁止、定期的に抗菌剤の目薬をしてさらに睡眠時も触らないよう金属製の眼帯を付けます。


 注射後、注射液か血液なのか分からないが、眼球の中に球状のものが幾つもあり、時間経過とともに消えていく。


 翌日の検査では感染症は起きていないとのこと、見え方にも特に変化は感じなかった。 変化が出てきたのは2日目、なんと歪みが完全に消えていました。


 もちろん歪みだけでなく、それまで赤色がオレンジ色に見えるなど、中心部のかすみも完全に消えていました。


 アイリーアの硝子体注射は最初3ヶ月間は毎月1回、以降2ヶ月に1回で行われますが、この術後1年間はほぼ症状が出ない状態でした。


 7回目が2018年4月、それから定期的な検査を行いながら、アイリーアの硝子体注射は8月の4ヶ月後に行い、それまでのように完全ではなくても、普段の生活に支障のない範囲まで回復していました。


 アイリーアの硝子体注射の効果に満足していた私は、年末の京大付属病院の検査を都合で受けられず、そのまま2019年4月まで8ヶ月間放置状態にしてしまい、その間に症状が進ませてしまいました。


 2019年4月にアイリーアの硝子体注射をしましたが、効果はそれまでのようにはなく、写真からは少し改善されたようでも、自覚的にはまったく改善効果は出なくなりました。 その後2019年5月、7月、8月、10月、11月、12月、2020年2月、4月、6月と注射を継続していますが、アイリーアの薬効はほぼなくなったと思われます。


 今後の治療に関しては京大付属病院とも相談して、とりあえず3月に承認されたベオビュに変えて8月頃に施術することにしています。


 しかし8ヶ月間放置をして悪化させてしまったものは、元の状態に戻すことはできないため、どの程度進行を遅らせられるか、アイリーアと比べてその効果と効力期間を見て行こうと思っています。

 現在の状況は左目はまだ正常なため、日常生活に支障はなく、従来通りの仕事(パソコンを使って設計、デザインや、金属加工などの制作、試作など)や、車の運転もできています。


中谷 英世

中谷 英世さん

お名前                    :中谷 英世 

加齢黄斑変性の型   :滲出型黄斑変性

発症時期                  :2010年頃(昭和6年生まれ88歳6か月  東京都杉並区在住

加齢黄斑変性「10年の闘病歴」

 もともと眼はよく、65歳をすぎても両眼とも視力1.2以上 若干の乱視がある程度であったが、凡そ10年前の2010年頃、車の運転中、電線が歪んで見える左眼の異常に気が付いた。更に方眼紙で確認したところ、縦横のラインがかなり歪むのを確認「これは黄斑変性?ではないか?」と判断、インターネットで黄斑変性の名医をさがした。

 アメリカで永年黄斑変性の最新治療を研究していた岡田アナベルあやめ教授(杏林大学付属病院アイセンター)が見つかり、診察を受けるためにホームドクターに紹介状をお願いした。岡田教授はハーバード大学医学部卒、附属病院眼科レジデンシー、東大、上智大学にも留学。

 

杏林大学付属病院で加齢黄斑変性診断

 2010年11月 杏林大学病院5階のアイセンターの広い待合室は300人もの患者で大変混んでいた。視力検査、眼圧検査、眼底写真撮影などを確認した岡田先生の診察の結果、左目は明らかな滲出型黄斑変性と診断された。当初はルティンなどの投与で様子を見ることになったが、白内障も進行しているので、手術で眼底がよく見えるようにしたいと2012年8月に左目の白内障手術を実施。眼底の黄斑部をつぶさに診察した結果「加齢黄斑変性」の更なる治療が必要と判断された。

 

ルセンテス注射治療を開始したが・・・

 本格的治療として2012年11月から新薬「ルセンテス」(ノバリィテイスファーマシィ)の注射治療を開始することになった。ただし杏林大学病院眼科は大変な患者数のため、近くの久我山病院眼科に4週間隔の注射治療を委託し継続することになった。

 その後2014年に杏林大学に戻り継続注射するがあまり効果が見られない。

 

アイリーア注射治療に変更、いい効果が・・・

 そこで、2015年1月から薬を変え、アイリーア(参天製薬・2012年開発)に変更し注射を続けた。徐々に効果が見られ始め、5週、6週さらに8週と間隔を延ばすことが出来た。その間2017年10月には右目も白内障手術を実施、黄斑部を点検したが右目は幸い変性異常のないことが確認された。左目も更に好調で両眼とも1.2の視力となり、2018年から更に10週間隔注射へと大きな改善が見られた。

突然、飛蚊症と視力低下が・・・アイリーアの副作用か?

 2020年4月8日午後、44回目の眼球注射。この日、杏林大学病院別棟の救急棟で新型コロナ感染者が出とのことで、アイセンターも待合席を広げ、マスク着用、診察室のドアも明けっぱなしの診察であった。 

 注射7週後の5月25日の朝、突然、左目に飛蚊症が現れ視力も明らかに落ちている。急遽大学病院に連絡「すぐ来院するよう」指示された。検査の結果左目の視力0.7に落ち、かなりの飛蚊症も確認された。明らかなアイリーア注射の副作用による眼球炎症とのことで2種類の目薬(炎症用リンデロン点眼液、瞳孔拡大用ミドリンP点眼液)を日に6回点眼することを指示された。

 6月1日の再診で改善がみられ、点眼を日に4回に減らすことが出来た。2週程経過した6月14日現在、飛蚊症軽癒、視力もほゞ回復しつつある。どんな薬でも副作用はあるものだ。7月1日の診察で炎症が軽易であれば10週間隔のアイリーア注射を再開するとのことである。

 ただ、聞くところでは注射間隔を広げることが出来ても、生涯この注射治療は続ける必要があるそうだ。そろそろ自分の寿命と相談する時期かもしれない。

 


お名前                    :児玉 功

加齢黄斑変性の型   :滲出型

発症時期                  :2018年12月頃(78歳)

アイリーア注射しました

児玉 功と髙田の往復メール

1.児玉から髙田へ

(髙田が新型コロナウィールスの軽症患者の手記を送ったことに対し)

貴重な情報お送りいただき、ありがとうございます。あれで軽症とはびっくりです。

会社でも除菌剤やUV殺菌灯などできることはできるだけ取り入れて対応を進めています。

 黄斑変性症の方は右目が滲出型です。ずいぶん前から会社の定期健診で「黄斑変性症の疑い」とあって1昨年の10月に近くの眼科医で受診しました。

 その時アイリーア注射を勧められましたが、少々怖さもあってルテインサプリなどサプリ対応で行くことにしました。別ルートから阪大眼科を紹介で受診し、「そうひどくない、対処不要」と言われ、ルテインサプリ服用を続けてきましたが、来週火曜日が半年ごとで3回目の受診です。

 いままでは横線がひずんでいましたが、最近は縦線がひずんできましたので、阪大でもどういう処置を言われるか、心配しています。また、阪大眼科は座るとこもないくらい混んでいて、1検査が30分毎くらいになるので3~4時間かかり、その間に新型コロナの方も心配です。アイリーア注射になった場合は阪大病院では時間がかかりすぎるので、近くの眼科医(50歳前後の開業して3年くらい)にしようかと思っていますが、手術の難易度と眼科医の熟練度がわからなくて迷っています。

 現在も小さな技術系の会社を経営しているので、二水会などいろいろな行事に参加できなくて申し訳ありません。

 仕事でもパソコン利用が多いので目は酷使している状態です。

 

2.髙田から児玉へ

 メールをいただき有難うございます。

 先ず、アイリーアの件です。私は2014年の8月に発症し、これまでに10回ほどアイリーアの注射をしました。

 目に注射というと不安を覚えますが、その必要はありません。今年初め送りました「私の体験談」に、実際私が受けた手術の状況を写真で紹介していますのでご覧ください。先ず、麻酔をします。次に注射の針がずれないように枠をはめます。何か目に触れたと思ったら終わっています。

 一晩眼帯をして、明くる一日間は感染予防の目薬をするだけです。医師の指示に従ってください。治療費は3割負担の場合は約45千円です。

 さらに、お勧めしたいことはサプリメントです。商品名オキュバイト50+をためされてはいかがですか。アマゾンで三か月分6800円です。私はこれで注射の間隔が伸びました。そのお結果医療費も少なくなりました。

 病院へは、マスクをして行って下さい。待合室でもマスクをし、他の患者と距離を置いた方がいいと思います。

 尚、病院へは自家用車は避けてください。帰りは眼帯するので運転できません。高槻から阪大病院へは阪急に乗り、たしか南茨木で、モノレールに乗り換え行けるのではないかと思います。電車の中ではマスクをしていない人の隣には座らないように。手すりやつり革も避けるよう心掛けてください。病院に着いたら手洗いもすることも大切です。

 病院の選択は人それぞれです。昨日、電話で話した姫路の72歳男性の方は、大病院から町の眼科医に替わったといっています。大病院は医師が頻繁に変わるという理由でした。私の場合は、人間ドックで発見された住友病院を継続しています。医師はこれまでに3人変わりましたが、不都合を感じることはありません。待ち時間も許容範囲内です。

 私のアドバイスは診察を受ける都度、断層写真と眼底写真を貰うことです。自分自身で経過が分かります。血液検査をしたとき血液のデータを貰うのと同じです。

 資料類については、今後メールに切り替えます。ただし先日送りました友の会ニュースは容量が多いため、すべての会員に印刷物で送りました。

 友の会ニュースでお願いしましたように、児玉さんの体験談、是非よろしくお願いいたします。

 いずれにしても、加齢黄斑変性について最も大切なことは早期発見早期治療といわれています。治療に逡巡することがないようにして下さい。私は異変に気付いて一週間後に治療しました。だから視力が落ちることもなく、高速道路も運転します。

 

3.児玉から高田へ

 ご連絡いただきありがとうございます。

 丁寧なアドバイスいただき、ありがとうございます。

 今オキュパイトはプリザービジョン2でルテイン量が3粒で10mgのものですが、50+というのとどう違うのでしょうか?

 阪大には阪急もしくはJRの茨木からバスが出ていて、それが一番便利です。ただ、バスや電車はコロナ問題であまり気が進まなくて、今回は注射の話になった場合は、近くの眼科医にお願いして、阪大では断ろうと思っているので、車で行こうかと思っています。

 検査で瞳孔を開くので、ある程度治まるまでゆっくり待って帰ろうかと思っています。

 写真の件も、なかなか言えないのですが、思い切ってお願いしてみようと思います。

 レポの件は、零細企業なので、休日も仕事しているくらいで、なかなか時間が取れないので申し訳ありません。

 いまのところ参考にしていただける情報もなく、いただいているだけになっています。

 

4.児玉から髙田へ

 昨日夕方、近所の眼科医で右目のアイリーア硝子体注射を受けました。朝まで目の中に異物が入ったようなゴロゴロ感があり、今も残っています。今朝、術後診察を受け、順調とのことでした。昼過ぎまで歪みでなく幕が張ったようにぼやけがありましたが、今は、ぼやけは少なくなっています。

 1週間ほど抗菌作用のあるガチプロ点眼薬を1日4回点眼することになっていますが、いまは少し沁みます。今日は会社を休みました。次に2週間ほどのちに診察の予定です。

 おそらく1ケ月後に再度硝子体注射になるだろうと言われています。

 3ケ月後に阪大眼科の予約を延ばしていますが、半年前の診察で処置はまだ不要と言われていましたので、何と言われかな、と思っています。

 私の病状の履歴をまとめようとしていますが、時間的になかなかです。

 

5.髙田から児玉へ

 手術が順調に行われ良かったですね。案ずるより産むがやすしという言葉があります。

 通常、初めての場合一か月の間隔を置いて合計3回の注射が行われます。注射針の太さは0.3mmできわめて細いため、予防注射のような痛みは感じなかったと思います。

 送っていただいたメールをまとめて、体験談集にしたいと思いますが、いかがですか。

 

6.児玉から髙田へ

 早々にご連絡いただきありがとうございます。

 経験談をまとめて皆さんに伝えていただくのは構いません。

 逆に助かります。少し追記します。

 昨日は少しぼやけていたのが、徐々に良くなってきました。

 今朝から右目のゴロゴロ感が無くなりました。

 今朝の右目は3~4m離れた17インチテレビのお天気お姉さん(足から上が写っているサイズ)の顔がのっぺらに見える程度です。

 顔がアップになると目鼻立ちも見えています。

 

過去の健診等の履歴を見ますと

2011年2月 (69歳)動脈硬化性(那須クリニック 定期検診)

2012年2月 (70歳)動脈硬化性眼底(那須クリニック 定期検診)

2013年2月 (71歳)動脈硬化性黄斑部の変化(那須クリニック 定期検診)

2014年2月 (72歳)動脈硬化性黄斑部変化の疑い(那須クリニック 定期検診)

2014年4月 (73歳)右正常(阪大眼科)

2015年2月 (74歳)動脈硬化性黄斑部変化の疑い(那須クリニック 定期検診)

2016年4月 (75歳)初期の黄斑。中央部凹部なし(ふくなが眼科)

2017年7月 (76歳)両眼黄斑変性疑い(愛仁会定期検診 後期高齢者になり病院変更)

2018年10月 (77歳)右目滲出大。要アイリーア注射とオキュパイト2勧められる(ふくなが眼科)左眼軽いオキュパイト2を中心としてルテインを多めに服用することで様子見ることにした。

2018年12月 (78歳)黄斑変性症軽く処置不要(阪大眼科)

2019年2月 (78歳)両眼黄斑変性疑い(愛仁会定期検診)

2020年2月 (79歳)右眼黄斑変性が進んでいる。(山が大きくなっている)(ふくなが眼科)縦線が歪み始めに気づく。

2020年3月 (79歳)阪大病院予約を新コロナ心配で3ケ月先に変更

2020年4月 (79歳)14日 アイリーア硝子体注射(ふくなが眼科)です。

 

 時間を見つけて眼底写真など調べてみようと思っています。

 よろしくお願い致します。

児玉


日々努力の母


お名前      :谷 美智子(家族)
加齢黄斑変性の型 :滲出型
発症時期     :2012年1月(83歳)

 尼崎から藤沢に母を呼び寄せてから、早いもので2年半になります。幸い近くに大きな病院が新設されたので、すぐに大阪医療センターの紹介状を以て受診しました。

 黄斑の状態は変わりなく安定しているのですが、視力は少しずつ低下していて、今は両眼ともに0.02~0.03しかありません。

 しかも中央が見えないので何を見るのも左端のほんの隙間で見ている状態です。大好きだった俳句づくりも縫物も出来なくなり,今は食べる事としゃべる事が唯一の楽しみです。


 コロナのせいで孫やひ孫達と面会できなくなって一日も早い収束を祈るばかりです。


 今日は前回の体験談の時にもお話した工夫していることの写真を同封させていただきますので、友の会の皆様にも参考にしていただければ幸いです。

◎ リモコンの小さい数字がみえないので、さわってわかるように高さのあるシールを貼っています。

リモコンの文字

リモコンの文字

赤や黒はわかりますが中間色は分かりません。


◎ 日光がまぶしいので部屋に遮光カーテンをかけて日中でもカーテンを開ける事はほとんどありません。ホームのお風呂にはカーテンがないので私が手作りの黒いカーテンをかけに行っています。

手作りの黒いカーテン

手作りの黒いカーテン

 食事もほとんど何を食べているのか分からないので、その都度スタッフさんに説明してもらっています。母だけ黒いお茶碗に白いご飯にしてもらっています。


 母は長生きしてもしょうがないとぐちをこぼすこともありますが、とにかく転ばないように寝たきりにならないように注意して出来ることはなるべく自分でやるように努力しています。90歳にしてはぼけてないと自分で云っています。見えない分、頭がしっかりしているような気がします。何でも人任せにせず、恥ずかしがらずに何でも聞いて忘れないように努力しています。なので、ホームのお友達から頼りにされています。


 時計の時間が読めないので触ると時間を知らせてくれる時計や話しかけてくれる「スマイルくん」などネットで購入して活躍しています。


趣味のチャリ旅


お名前     :  建部 茂さん
加齢黄斑変性の型:  左眼:滲出型
発症時期          : 1997年(30歳代半ば)

 今から3年ほど前、生まれて初めてロードバイク(少々高めの自転車)を購入しました。


 キッカケは、要介護のために同居していた義父と会社が休みの日にずっと自宅で過ごすのも気が重くなり、外出する言い訳?をつくることでした・・・。それともうひとつの理由は、私は幼少のころから乗り物酔い(とくにバス)がひどく、家族とどこへ遊びに行くにもいつも私の乗り物酔いのために計画が変わり迷惑をかけることがトラウマになっていたのです。チャリなら大丈夫やろ!という発想から思いついた苦肉の趣味です(笑)。


そんな後ろ向きのキッカケから始まったチャリ旅の趣味ですが、今はかなりはまっています。(チャリ旅=自転車でいくおとなの遠足)


 はじめてのチャリ旅の行先は網干(JRの駅でいうと山陽本線姫路駅から西へ3つ目の駅)でした。なぜ網干を選んだか? それは亡き母の実家で幼少期から長期休みの度に遊びに行っていた場所であったこと。それと、小学生の時に二つ上の兄と夏休みに自転車で網干に行く計画を立てていましたが、直前になって親から「茂はまだ小学生なのでやめなさい!」と言われ、断念した苦い思い出のリベンジも兼ねての初チャリ旅でした。 


 その後少しずつ向上心が芽生え出し、より遠くの自然豊かな場所を走りたくなりました。


 それで、初めて「輪行」という前後の車輪を外して自転車を袋(カバン)に詰めて荷物として電車で移動する旅にチャレンジし、琵琶湖を目指しました。琵琶湖のほとりを走りながら、からだ全体で風を感じて走る感覚は、「ワクワク感」「爽快感」そのもので本当に贅沢な「おとなの遠足」のひと時でした。


 また昨年は1泊2日でチャリダーの聖地で有名なしまなみ海道(広島県と愛媛県を結ぶ瀬戸内道)も走り、瀬戸内の海を真下に見ながら走る体験は自転車ならではの醍醐味です。


 2日目の夜には台風接近で雨風の中ずぶぬれになりながら神戸三宮から自宅の大阪市内まで走り通しました。大変でしたがいい思い出です。


 自転車は健康維持に人気の乗り物で、老若男女問わず仲間同士でチームを組んで走ってるチャリダーが多いようです。


 あるとき、淀川河川敷を向かい風の中ひとりで帰り道を走っていましたが、疲労がたまりペダルをこぐ足に勢いがなくなっていま