雲南省 麗江から世界有数の虎跳渓 茶馬古道トレッキング

雲南省 麗江 虎跳渓トレッキング(9月13~19日)

9月13日台風被害の有った関空から韓国インチョン経由で中国重慶を経て麗江市でシャングリラ県にある虎跳渓観光、茶馬古道トレッキング2日間合計12時間ほど断崖絶壁の道をトレッキングしたり、日本の倉敷美観地区の20倍ほどの規模の大変美しい古城地区などを19日までの旅行記。

まず最初は麗江市内から公園というか中国国立の観光施設「玉龍雪山」の屋外シーン「麗江印象」の動画を載せます。入場料は一人US$60.00であまり安くないとは最初思った。しかし鑑賞後それ相応の価値が有った。

中国では有名な映画監督 張藝謀氏(北京オリンピックの脚色で有名)によるもので総勢500名の男女が織りなすオペラと言ったほうが良いかもしれない。多人数が参加し織りなすシーンは見ごたえがあった。出演者が振り回している物は、馬の鞍。

見ている最中雨に見舞われた。名の如く雲南省は雲の多い地方で施設側には雨合羽が用意されており支障なく観劇できた。

アイフォンの電池の加減ですべてを録画できなかったのが残念で悔やまれる。

9月13日 出発

強烈な台風22号の被害により関空への連絡橋が一時通行止めになったのは広く知られている通りだが対面通行が開始されなんとか第二ターミナルへ予定変更しソウル・インチョン空港便を運行するというメールがありバスに乗り出発した。

↓ 以下それぞれの写真はダブルクリックすると写真を拡大して見れます。

海底の砂地にアンカーで係留されていたタンカーが流され連絡橋にぶつかり連絡橋が不通になっていた。マイカー以外のバスなどが通行できるようになって幸いであった。

第二ターミナルを初めて利用した。LCC(ローコストキャリアー)専用のため立て付けや構造を極力安価に作ったというだけあって天井はむき出し、出発待合ロビーから搭乗口はただの出口という次第であった。どう考えるかはおまかせするが、小生が考えるにはここまでやるか?と言う印象であった。20年ほど昔のミャンマーの空港みたいな感じが否めず、長期使用する空港も普通の家も同じ、長い目で見れば安普請も普通の家もさほどコストの違いは無いものでここまで日本の玄関を貧相にする必要がどこにあるのだろうかと疑問を感じた。

搭乗は、昔のタラップ階段で効率などを考えた場合どちらがよいか言うまでもなく、長期使用でかかる設備費は当初多少高くついても結果的には大差ない。出口も数字が書かれてていくつもあると思ったら2つしか出口がなかった。

 

ソウル・インチョン国際空港

ハブ空港競争の折、関空とインチョン空港がしのぎを削った経緯がある。しかし立地条件に置いて建設コストの差で高くついた関空は斬新なデザインと構造で勝っていても結局規模と滑走路の本数で当初から負けておりアジアの玄関口ハブ空港にはなりきれなかった。現在は旧羽田空港を改善し世界第5位の日本のハブ空港になっている。

沖合まで結構距離があり、そこに至る陸から海にかけて埋め立てれば世界一の空港も夢では無いと思うが、既に外国航空会社の航空路線が出来上がっており、ハブ化は出遅れた感じがする。

韓国インチョン空港もその後改善を加えかなりの規模になっており、関西方面からであれば羽田・成田より発着本数や諸外国の航空会社の乗り入れが多く、よく知らないが自分の理解する限りここへ来れば世界中行きたい場所に行けるという印象があり、今回のツアーで中国雲南省へ重慶経由麗江空港までAir China(China Airは先発の台湾の航空会社名)で利用できた。

インチョン空港は関空に比べかなり大きく受付カウンターは比較にならないほどたくさんあり発着便表示を眺めているだけで夢が膨らむ感じであった。ただしこれは経由空港の重慶国際空港を見るまでの話であった。香港の空港もかなりでかいと知っていたがおそらくそれを上回る同時発着滑走路を何本も持っていると思われる。

重慶到着

重慶国際空港は、中国三大都市の一つでガイドから昨年開港したと聞いたが規模がインチョンよりまだ大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

国際線乗り場から出てきたところ、どの程度の大きさかはこの段階ではあまり分からなかったし写真からでもわからないが、歩いてみてかなり大きそうな感じであった。

国内線へ移動したとこである。中国少数民族の反政府活動に対しかなりセキュリティーチェックが厳しくいたるところでチェックが有るとともにカバンに電池などないかチェックしている風景。チェックインと同時にカバンの内部におかしなものがあるかどうかベルトコンベアーの端にある機械ではなく、チェックする機械が各カウンターごとについていた。

西は新疆ウイグル自治区につながる空港であることもその理由であろう。警備会社が調べるのでなく、中国軍が直接関与しており態度も横柄だった。二重三重に検査する厳重さが何があるのか物語っていた。

真新しい国内線チェックインロビーの風景

 

 

 

麗江空港から虎跳渓

麗江空港からバスで約1時間半ほど北に位置するシャングリラ県(香格里拉県)の南端に位置する虎跳渓へ向かった。チベットタンラ山脈の氷河を端を発し長江源流の金沙江と呼ばれる川を渡り更に下流へ行き虎跳渓に行く。金紗江とは名の通り砂金が採れることを意味しているとのことであった。

シャングリラ についてはウィキペディアリンク参照。昔からその噂を聞きとても関心の有った場所であった。

 

 

 

 

 

 
 
金沙江の写真上の方、下流方向へ移動中のバスの中より
 
 
 
 

 

このあたりまで水面はさほど荒れていなかった。

 

向かい側の山腹横に一筋の水平な線は、断崖絶壁の上に作られた茶馬古道、一瞬気を抜けば転落死を免れない。山は急傾斜で落石が多く見られた。

 

 

茶馬古道のトレッキングなどと聞こえは良かったのであるが、この絶壁を見て正直なところこの後と数日間のトレッキングを憂慮し始めていた。本人は高所恐怖症があり、中国の名勝というと必ず絶壁と隣合わせで家内は喜んでも本人は歓迎できないのが本音。何故こうも危ないものを観光するのか・・・安全なスリルと美しい景観は歓迎だが、命の危険と隣り合わせはあまり歓迎できない。

 

 

川幅が狭くなり始め、いよいよ激流が見えた。

 

 

 

激流のそばまで近寄れる観光用の階段と展望台の説明図。

 

 

ようやく虎跳渓のバス駐車場で小休止。

 

 

階段上からの渓流の展望、落差があり波立っているが、轟音が響いている。

 

上流方向の山の風景と金沙江の流れ

 

人がいてるのは中展望台

 

そのさらに下に展望台

 

 

2番めの展望台からの眺め

 

川向うの谷間にコンクリート製の橋がかけられている。激流の流れは、日本で見掛ける規模とスケールではなかった。

漢字を生んだ国の「怒涛」とはこのことではなかろうか、とにかく凄い・・・24時間川にダイナマイトを放り込んでいる状態。

 

 

 

金沙江横まで来て、ようやくその激流の激しさに驚いた。もはやこれは激流でなく、土石流のような状態。24時間絶え間なくダイナマイトを川に投げ込んでいるかのような激しさ、波飛沫は煙のように水面を舞っていた。写真を数枚連続しているのはその波の様を少しでもわかるように並べてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

激流が終わって少し静かになった下流方向の写真

 

 

何を祈願するのかわからないが沢山御札が飾られていた。

 

 

怒涛荒らめく川、虎跳渓とはよくつけたと思った。虎が跳ねているような感がある。

 

 

 

 

 

水が沸騰している感じ、水しぶきでなくダイナマイトを放り込まれた煙と言ったほうが近い表現かもしれない。

中虎挟へトレッキング

虎跳挟観光の後早速、中虎挟へトレッキング開始。大型バスから今度は小型ワゴンで茶馬古道登山口まで移動した。小型ワゴン7台ぐらいに分乗したが日本のような営業車という概念は無いらしく、白タクのようだった。運転は上手だが途中アチラコチラで落石が多く見られた。山は急峻で場所によりほぼ直角の斜面、落石も半端なくかなりでかい岩石が落下によりアスファルトに大きな穴が時々空いていた。直撃喰らえば即死であろう。途中岩石を崩す削岩作業の音が聞こえてきていた。

 

 

登り口に至る途中民家に梨の実がなっていた。日本に輸入される果物や野菜類は農薬が大量に使用されていてしっかり洗わないと食べれないと言われているが、場所によりけりで貧しい地域では農薬が高価な為使用していないことが多いらしい。

 

 

 

下車直後鮮やかな花が咲いていたので写真に撮った。なんの花かは不明。

 

 

小雨の中、中虎挟へ向けてトレッキング開始。大体の地図をもらっていたが分かり難くただついて行っただけであるが昼食を取る宿場まで約4時間歩いた。地図は後日ネットから入手したものである。

 

 

 

 

地図から分かるように金沙江(川)を間に置いて右に玉龍雪山の 最高峰は扇子陡(せんすとう、Shanzidou)標高5,596 m を眺めながら歩くことになる。歩き始めた辺りの標高は3千数百mだろうと思う。山頂には氷河と雪が見えた。以前ネーパールのランタン高原を歩いたときも3千mくらいから3日掛けて4千500mまで体を慣らし最後にカンジンコンパの5千m登頂した。

 

 

 

この辺りは少数民族ナス族のテリトリーと書かれてあった。

途中橋を架ける工事がされていた。山のむこうはおそらく麗江市で山腹にトンネルを空けているのだろうと思われる。中国の建設力はすごいものがある一方、土地はすべて国有で人は借地権で暮らしているので必要とあらば居住権などはさして抵抗力などなく何でも真っ直ぐに作られ、大きく美観など短期間で変化する。

 

 

数時間歩いてやっと昼食のできる宿屋に到着。ここは有名というより、ここしか無いのでよく写真が虎跳挟トレッキングの写真に出てくる場所でもある。

 

 

入ってすぐ真後ろがダイニングになっていた。

宿場の名前は、納西體閣

 

 

花が満開でした。黄色の花の名前は不明、赤はブーゲンビリア

 

 

軒先にとうもろこしが干してある。痩せた地でもよく育ち、主食であろう

 

 

昼食にとうもろこしが出ていました。料理は全般的に辛い四川風でご飯はパラパラ。焼き飯に向いているだろうと思いました。あれこれ注文を出すのも失礼かと、出される料理を食べました。標高3500mなのでいくら加熱しても80℃にしか温度が上がらないせいもあるであろう。

 

 

玉龍雪山への眺め

 

 

どこも壁などは石積みされているのが特徴的。

 

 

宿泊施設が下の方にあります。我々はここでは宿泊をせず次の集落で宿泊。

 

これも宿泊施設。

 

 

 

中国独特の風合いの瓦、上海や北京などの近代的建物より遥かに安らぎを覚える

 

 

親猫と子猫ですが、親並みに大きくなっても乳離れせず飲んでいた。

 

 

どちらが親かわからないぐらい大きな子猫

 

 

 

 

 

 

宿泊施設の案内と思われます。

 

これから登っていく道

 

 

トレッキング再開

 

 

この辺りから、馬糞やヤギの糞が行く手を阻んでくれます。もちろん避けながら歩くが、俊敏な運動神経が必要。

 

 

振り返って、来た道を眺め遠くに来たもんだと・・・

 

 

 

金沙江を眼下に見て

 

 

ようやく山頂近く標高3760m、こんなところにも電線が伸びてきています。携帯などの電波事情は日本以上に良い

 

 

 

 

 

ようやく山の頂上 海抜3760m

 

岩の向こうは断崖絶壁。高所恐怖症の為とても近寄れない。

 

 

ちょっとだけ、携帯を自撮り棒につけて絶壁を覗き見た。自分の目ではとてもとても・・・

 

 

道の先は絶壁怖くてぶれている。

 

 

玉龍雪山です。

 

 

 

 

 

 

 

 

手前の尾根を越えれば今夜の宿

 

宿からの玉龍雪山の眺め

 

 

 

ガードレールか手すりか?工事中

 

 

この辺りで気分は空中を舞っているような気分

 

 

左へ曲がって歩き、正面に見える滝の下をくぐって右方向へ、雨に見舞われいる最中

 

向こうに見える道路の辺りが中虎挟、ここで小型ワゴンに乗り換えて次の「玉龍雪山」の国立イベント公園へ「麗江シーン」を観劇に移動

 

 

麗江市を経由しテーマパーク「玉龍雪山」へ、どこでも玉龍雪山が書かれており、なにがなんだか分からず混同

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ページトップで小生が録画した動画はアイフォンの電池の都合で短かく、U-tubeに幸い全編録画したのが有ったので参考まで掲載。

 

 

翌日ナス族の村を訪問

 

 

 

 

 

贅肉のない飼い犬、エキササイズド・ドッグ

 

 

日本で言う古民家が博物館になっていました。

 

 

 

 

シャングリラ(英語: Shangri-La)は、イギリスの作家ジェームズ・ヒルトン1933年に出版した小説『失われた地平線』に登場する理想郷(ユートピア)の名称。ただしこの小説は地理学者ジョセフ・フランシス・チャールズ・ロックの寄稿したナショナルジオグラフィックの記事を参考に現地に訪れること無く書かれたと現地で聞いた。

 

出版された当時のナショナルジオグラフィック。

 

 

 

トンパ文字  古代ナシ族の象形文字

 

官吏に連行される犯罪人とされる人たちの写真、後で処刑(死刑)されたと言っていた

 

「失われた地平線」の一場面の写真

 

 

 

当時のナショナルジオグラフィック誌

 

当時のナス族の写真

 

 

 

馬の背に乗せられた子供、母親に引かれて行く姿

 

 

あどけない表情が印象的だった

 

 

ナス族の村の家の門

 

 

老人が馬を引きながら歩く姿、現地で見た馬に乗っていく姿は見なかった、みんな馬を引いていた

 

街角でお孫さんを抱くおばあさん。見かけほどには高齢ではない。しかし海抜3000mで紫外線が強く肌が浅黒くなっていた

 

 

街並みの家々はすべて石積みの家屋だった。地質的に石灰岩が豊富なのであろう

 

 

 

観光客が多いせいか花が多く植えられていた。バラが印象的に目に映った

 

 

 

 

道の側溝。流れる水はとても清らかだった。おそらく石灰質が豊富に含まれている為透明度が高いのだろう。この辺りの池や川はすべて透明度が高かった。

 

 

観光客のため門の戸が空けられていた。

 

 

ダリアとバラが咲いていた

 

石積みの家と植えられた花がよく似合っていた。

 

 

ダリア

 

 

何かの蔵だろう

 

番犬あらぬ番馬

 

 

 

 

街の横丁って感じ

 

雲南省麗江市から西はタイが近いせいだろう、タイで見かけたガルーダのような木彫りがホテル前にあった

 

ホテル内に飾ってあったナス族の写真

 

 

ホテルの建築物の後ろは玉龍雪山

 

 

 

 

 

 

ニジマスが泳いでいた

 

 

 

 

見えた瞬間

難病指定 網膜色素変性症患者が見えた!

58歳 女性 大阪市ご在住

長年お世話させて頂いた<難病指定>網膜色素変性症患者さんの見えた瞬間

5年前娘さんがネット検索で当店のことを知りご来店いただき、遮光レンズや様々手法で対応し見えていたが徐々に視力が落ちてゆき、とうとうある日、本当に見えなくなっており患者本人は驚きと失念のあまり涙ボロボロ流される場面に立ち会ったりしてまいりました。本人ともども小生も大変苦しい思いでした。最近では相手の顔などほとんど見えなくなってきて、娘さんに手を引かれてご来店されるなどお困りの様子は大変胸が痛く、見かねた末各方面にお願いして新型スマートグラス試着を数種行った。

2018年6月18日の新型スマートグラスの試着をして「見えた」瞬間の様子を動画で残します。お困りの方へなにとぞ福音とならんことを願っています。

網膜色素変性症の場合、環境を暗くする必要があり、急遽店舗のシャッターを下ろし装着テストした状況が下記画像からおわかり頂けるかと存じます。

ぶっつけ本番で撮影したため見苦しい点はご容赦願います。

動画は下記写真をクリックすると別ページが開き動画が再生されます。

装着後直ちに本スマートグラス購入を娘さんは決定、発注済み。

グーグルアドグランツ悪戦苦闘記

グーグルアドグランツ悪戦苦闘記

 

 NPO法人になるといろんなメリット、寄付金を受けられ国が特定非営利活動法人として認定を受けると慈善事業に準ずる対象として著名な企業から寄付などを受けられるとインターネットで知り、2017年の秋NPO法人になることを髙田会長に進言し特定非営利活動法人申請に賛同して頂き実行に移していただいた。髙田さんは幾度となく所管の大阪市にご足労いただき、実に手間のかかる定款作成、事業計画書など苦労して作成され提出して頂いた。数ヶ月の期間を経てようやく受理され特定非営利活動法人として承認を2018年4月2日付けで受け国の認める法人登録に至った。

 

 この傍ら2月か3月ころ、言い出しっぺの重たい責任が生じ早速アドグランツ承認の作業に取り掛かろうとした。甘く単純に法人申請すれば簡単に申請出来るだろうと素人考えでいた。物事には道理があり薄っすらと闇雲に誰にでも申請できるものではないだろうとは思っていたが・・・早速、やりかけた途端「法人登録番号」という暗礁に乗り上げた。これがないと何もできない。

 

グーグルのNPO支援に関する情報

「Google Ad Grants の仕組みは Google AdWords オンライン広告配信サービスと同じで、非営利団体を検索しているユーザーをターゲットにしてあなたの団体のメッセージを表示します。非営利団体の条件を満たしていれば、毎月 10,000 ドル USD 分の AdWords 広告費が助成されます。」

 最初この一節を読んでこれは新会員募集に絶対的な効果があり会と会員に寄与し皆様に喜んで頂けると信じた次第である。

 

 ところがどっこいである・・・Google Ad Grantsを申し込もうと嬉々として申し込み着手。世界共通のNPO団体のインターネット認証、テックスープという組織がありここへ登録認証する事が先であると判明、これがないと一歩も先に進めないことがわかり、テックスープへ登録しようとしたら【法人登録番号】が必須であった。

 

 特定非営利活動法人申請申請は髙田さんにより確かにされたが、法人登録番号は申請したからと言ってすぐに頂けるものではなかった。じれったい気持ちで今か今かと毎日パソコンで法務局サイトをアクセスし登記完了し番号公示されるまで待っていた。ある日法人登録がされようやく登録番号をネットから得た。

 

 小躍りしながら早速テックスープに登録申請した。ここまでは法人番号さえあれば簡単に登録できた。

 

 一般にネット上の申請は自動迅速で間もなく登録申請が受理され、確認メールで登録完了した。テックスープにあるNPO特典の数々を読んでにんやり、「こりゃ楽勝だ」と小躍りしたのはここまで、あとに地獄がまっていた。

 

 このGoogle Ad Grantsのシステムが実に難解で厳しい。Googleにアカウント登録は有ったのであるがNPO法人として登録していないので日頃使っているメールアドレスを使ってアカウントを作ってしまった。これが以降最後まであとを引き幾度となく拒絶さればかりであった。もはやこれまでかと天を仰ぐ始末、方法がわからない。NPO団体があまりこの制度を利用していない理由がほんのりわかった。

 

 問題はアドグランツ申請に必要なテックスープで登録したメールアドレスと異なる別のメールアドレスを使用していたのが最大のミステークだった。この結果拒絶の嵐に遭遇したわけであった。一度別アカウントにメールアドレスを登録してしまうと商業使用で使われた同じユーザーだと判定され、どう変更したらよいか?どれとがリンクしているのかすらわからず苦労した。

 

 このようなネット認証で一度既存のメールアドレスを使用してしまうと、システムは同一のものとみなし条件を満たさないと自動的に却下。一度作ってしまうと取り消しが利かないらしい。仕方なく登録に使用したメールアドレスをアカウントの補助連絡先と登録したものまで削除し新たにアカウントを作成した。

 

 ジレンマに落ち、悪あがきの結果いつの間にかアカウントを4つほど作ってしまっていた。一体どれがどのアカウントか?どれがアドグランツのアドワーズアカウントか?事を起こした自分でさえもはや不明。この間既に一月が経過していた。何をやってもだめ。折を見て落ち着いてチャレンジしようと決め何度もやったが駄目だった。

 

 仕方なくどこか手助けしてくれる業者(費用は言いだしっぺ自己負担を覚悟)をネットで物色した、いない。ある日検索して漸くNPO団体でアドグランツ登録を無料で手助けしてくれる業者を偶然見つけ、そこへ丸投げを試みた。しかし、数日立ってこちらも何故か、うまく行かない様子。

 

 ある日業者からホームページにタグ付けをするように指示を受けた。「うまくいきそうだ助かった!」任せていれば済むだろうと甘く考えた。

 

 指示された作業は過去にやったことがあるのでタグ付けをしようとやおらホームページのWP(ワードプレス)管理画面でタグ付けのテキスト画面に切り替えようとした。こんどはどういう訳か?WPシステムが受け付けない。いくら切り替えスイッチをクリックしてもテキスト画面に切り替えられない=ということはタグ付けができない。ここでまた挫折。

 

 色々やった挙げ句自分には到底手に負えない。業者にワードプレスのIDとPWを渡すからNPO業者になんとかして欲しいと願い出た。しかし業者は、「タグ付けでサイトが故障した場合責任を持てないから出来ない」とすげなく断ってきた。ここでまた挫折。WPホームページの恐ろしさはプロですら嫌がる代物、タグ付けなど嫌がるのは理解できるし・・・仕方ない、気を取り直してなんとかやってみようと症状を検索し解決方法を探った。ネット上の説明ではプラグインで解決とか色々有ったが余計に難しくするばかりの方法であった。

 

 「タグ付け」とは閲覧者がホームページを閲覧しても見えないグーグルに感知させるプログラムを裏に忍ばせる作業で、特殊な書き込みがサイトの目に見えない裏の部分に書かれているものを指す。サイトがアクセスされると瞬時に検索エンジンが感知し反応すると言った簡単なプログラムである。これをトップページの指定された場所とランディングページにタグ付けする(要するに前と後ろに)ように指示を受けたわけで、これが出来ないと一歩も先に進めない。

 

 一旦この作業は諦め、しばらく頭を冷やしてネット検索で原因を調査していたら過去に入れた別のプログラム(プラグインと呼ぶ)が動作を止めている可能性に気がついた。そのプラグインを停止すると、突然テキスト形式に切り替えることがやっと出来た。黒い雲が晴れ始めたような気分だった。

 

 今度は別の自分の知識上の問題に気づく、ヘッダーとボディの後ろにタグを書き込めと指示されているが、ヘッダーとボディの表現がNPO業者の書いたのと違っておりサイトを壊しそうな気配におののきながら、こうなれば危険を冒す以外方法がないと觀念。それに似た表現のものを探しおっかなびっくりだが誤っていれば書き直せばよかろうということで早速作業を完了した。メールで業者に連絡し動作確認したところタグ付けは問題はなく書かれているとメールで返事が帰ってきた。やれやれである。

 

 ところが数日して承認されたかと問い合わせたところ、駄目だった。

 

 自分のやったことは自分にしかわからない。やはりアカウントの設定にミスがあると感じ、矛盾を起こしているメールアドレスを削除し新しくアカウントをグーグルの手順書をじっくり読みながら再作成し再度登録依頼を業者に依頼した。

 

 今度は業者がある程度宣伝分などの書式に手を出せるよう、業者を管理者として登録(当たり前だが主体になる者が許可しないと外部から手出しできない)した。

 数日後業者が作成した宣伝の番号を自身の番号と関連付ける作業をしろという指示がメールであった。おそらくこれをすればうまくいくだろうと期待。しかし専門的にやっている者は簡単にわかるだろうが、藤四郎の知識では画面のどのどの位置に番号を書き込むのかわからない、また業者に連絡した。馬鹿らしい質問なのだろう返答がない。仕方なく論理的にこうなるだろうと思われる番号打ち込みを冒険して入れてみたところ画面がアクティブになった。チェックを入れて送信をクリック!システムに受理されたとの画面表示。

 

 しばらくしてグーグルから登録が受理され申込みはアクティブになったというメールが着信した。この間既に約2カ月が経過、作業をする時必ず気合を入れ「今度こそは!」を何度やったかわからない。

 

 アドグランツ承認がされて、業者へお礼とこの先どうするか?質問するも返答がない。だが肝心の広告がされていない!仕方ないので仕事の合間を見て今度は主催者であるグーグルの担当サポートへ電話し解決しよう考えた。しかしサポートを受けるにはご存知かもしれないが相当待ち時間がかかり、電話で画面確認や入力などかなり暇がいるため、よほど時間に余裕があるときでなければ出来ない。2時間ほど時間をあけられる機会を狙ってまた数日たった。来客や電話問い合わせ回答などで時間が取れなかったからである。

 

 思い立ってからまたズルズル時間は経った。やっと数日後時間に余裕ができたのでグーグルのサポートに電話をかけて設定に間違いがないか確かめたところ、「ほとんど完了しています。しかしユーザーによる最後の確認がされておらず宣伝が開始されてません」とのことで・・・

 

 言われるまま登録された画面を開けたところ、今までになかった確認画面がトップ表示され確認のリクエストが出ていた。チェックを入れるようになっていたのでチェックを入れ送信をクリックした。一緒に作業していたグーグルの担当者が「手続きが完了しました」と嬉しい返事があった。最初電話口に出た女性の声から憶測してかなり若い女性で大丈夫だろうか?思惑と違い実によく理解している担当者であった。この間のやり取りは、2カ月掛かって四苦八苦したどり着いた最終段階で約20分程度のやり取りであった。苦労が報われた感動的な瞬間だった。

 

 サポート担当者曰く、「支払い方法には一切手を触れないでください」と警告を受けた。支払い情報でクレジットカードなど入力するとシステムが無料でやっている広告の費用を請求する場合があるとのことで無料提供を受けている限度額いっぱいの宣伝設定を行っておりで毎月10000ドル言い換えると120万円も請求されたら・・・おぞましい限りではある。

 

 

 一旦完了したということで電話を切って、確認を行ってみた。キーワードを検索画面に入力し検索したところ所定の検索結果のトップページの上段に我が会の会員募集の広告がなされていた。成功である。

 

 検索キーワード設定は、iPS 治療、黄斑変性症、加齢、歪み、見ようとするところが見えない・・・など考えられるキーワードを散りばめてある。オーディエンスすなわち目で苦しむネット閲覧者が検索で我々の患者会が存在し新規会員募集中で有ることを知ってもらうのがこの宣伝の趣旨である

 

 未だアドワーズエキスプレスの設定は勉強中で詳しく十分に理解したとは言えないまでもこれ以外に設定したキーワードで広告がなされており機能していると実感している。言い出しっぺの当初の目的は達成できただろうと考えている。これ以外に制限のないNPOユーチューブ利用(目の不自由な方へ情報伝達の有効な手段となりうる)、マイクロソフトのオフィス365利用などの利用展開を開始している。

 

 

平成30年6月20日

星野 龍一

眼鏡の医療費控除

眼鏡の医療費控除について

一般使用される眼鏡は基本的に医療費控除の対象になりませんが国税庁のホームページから

医師による治療のため直接必要な眼鏡の購入費用

【照会要旨】

 白内障の患者が視機能回復のために購入した眼鏡の購入費用は、医療費控除の対象となりますか。

【回答要旨】

 医師の治療を受けるため直接必要なものであれば、眼鏡の購入費用も、医療費控除の対象となります。

 眼鏡の購入費用は、一般的な近視や遠視の矯正のためのものは医療費控除の対象とはなりませんが、医師等の治療等を受けるため直接必要なものであれば、医療費控除の対象となります(所得税基本通達73-3)。この場合の医師の治療を受けるため直接必要な眼鏡の購入費用としては、例えば、視機能が未発達の子供の治療を行っている医師が、当該子供の視力の発育を促すために眼鏡の使用を指示した場合において、当該指示に基づいて購入する眼鏡の購入費用や、白内障の患者が、術後の創口の保護と創口が治癒するまでの視機能回復のために一定期間装用する眼鏡の購入費用のようなものがあります。
 これらの例示からわかるように、眼鏡の購入費用で医療費控除の対象となるものは、医師による治療を必要とする症状を有することが必要であり、かつ、医師による治療が現に行われていることが必要です。
 なお、医師による治療を必要とする症状を有するかどうかは、医学の専門家以外の者には判定が難しく、また、現に医師による治療が行われているかどうかをどのような方法で証明(確認)するかといったような問題もあることから、厚生労働省では、社団法人日本眼科医会に対して、次のように指導しています。

1 医師による治療を必要とする症状は、次に掲げる疾病のうち一定の症状に限られるものであること。
・ 弱視、斜視、白内障、緑内障、難治性疾患(調節異常、不等像性眼精疲労、変性近視、網膜色素変性症、視神経炎、網脈絡膜炎、角膜炎、角膜外傷、虹彩炎)

2 医師による治療を必要とする症状を有すること及び現に医師による治療を行っていることを証明するため、所定の処方せんに、医師が、上記1に掲げる疾病名と、治療を必要とする症状を記載すること。

 なお、この場合の眼鏡のフレームについては、プラスティックやチタンなど眼鏡のフレームの材料として一般的に使用されている材料を使用したものであれば、特別に高価な材料を使用したものや特別の装飾を施したものなど奢侈にわたるものを除き、その購入費用も、医療費控除の対象となります。

【関係法令通達】

 所得税基本通達73-3」

とあり、例えば斜視の場合、5.00プリズムディオプターを超えるものは医療費控除の対象になります。ただし、基本的に眼科ドクターの「眼鏡処方箋」と「眼鏡店の領収書」が必要になります。

加齢黄斑変性症の場合の遮光レンズもそれに該当します。

神戸アイセンターへの乗継案内

神戸アイセンターへの乗継案内

昨年12月に開設された神戸アイセンターに行く方法は、ホームページに掲載されている。括弧内はホームページの説明である。「各交通機関から三宮でポートライナーで乗継」と簡単に書かれている。三宮には阪急、阪神、地下鉄、JRの各駅がある。1月21日アイセンターを訪れる機会があったので、初めての人にとって、分かりやすく乗継できるか確認した。

 

ポートライナーでお越しの方
ポートライナー「医療センター」駅より徒歩2分

• 各交通機関から三宮でポートライナーに乗り継ぎ、医療センター駅で下車してください(所要時間:約12分)

• 「神戸空港行き」または「京コンピュータ前止まり」にご乗車ください。「北埠頭行き」または「中埠頭止まり」は停車いたしませんのでご注意ください

• 運賃250円

 

阪急電車の場合

ホームに乗換案内がある。東出口へ進む。

エレべーターで降り改札を出る。右に行く。

5メートルほど先に左方向への矢印があり、短いスロープを上がると屋外に出る。

正面いビルがあり右へ曲がりさらに左に曲がる説明がある。
曲がって90メートルほど先に駅がある。

 

阪神電車の場合

東出口と西出口がある。西出口の場合改札を出ると通路に案内がある。

右に曲がると、直進の表示がある。

エスカレータを昇ると、右向きの矢印がある。

しばらくすると、直進の案内がある。

迷うことはない。

地下鉄の場合

地下鉄は市内の居住者だけでなく、新幹線の乗客も利用する。
改札を出ると、路面に矢印がある。薄くて見えにくい。

左方向に進み突き当りまで歩く。

そこでエスカレータに乗って地上へ出る。

地上へ出るとJR三ノ宮駅の中央口に入る。

駅構内には案内がない。逆に新幹線方向の矢印が目に入る。

駅構内を抜けると、右か左かの表示もない。そこで左へ曲がることにした。人ごみの中を歩くと表示が出た。

エスカレータで上がったところがポートライナーの駅である。

新幹線で遠方からくる人は、新神戸駅でホテルのシャトルバスを利用する方法がある。20分おきに出ている。ポートライナーの駅はホテルの横にあり、一駅で行くことが出来る。ホテルの最上階には中華レストランがあり、バイキング形式で60歳以上はシニア料金で利用できる。眺めも良い。

 

JRの場合

ホームから改札への階段は3カ所あるが、表示はない。ホームの中央にある階段又はエスカレータで降りる。中央口ではなく東改札を出る。東改札付近に案内があったが、工事中の柱に隠れて見つけにくい。

改札を出ても案内はないが右にエスカレータがある。それを昇ればポートライナーの駅である。

ポートライナーでは医療センターで下車する。

改札を出て左へ行くと路面に矢印があり、迷うことはない。

阪急と阪神は分かりやすいが、JRが最も不親切のように思えた。

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この件に関して友の会事務局からの対応とJR西日本から

「ご指摘有り難うございます。改善に務めます。」との回答がありました。

ちょっとしたことが世の中役に立って嬉しく思います。

事務局長 星野

プリンター苦闘記

プリンター苦闘記

プリンターにまつわるヘビーユーザーの苦労話の殆どはインクとそのランニングコストにある。古いNECのパソコン発売当時のインパクトドットプリンターから幾多の変遷を経て今日ジェットカラープリンターに至るまでユーザーとして様々な修羅場を経てきた。

 

パソコンやプリンターとのかかわり合いの初めは高校時代家業にまつわる貿易のコレスポンデンスのため英文タイプとの付き合いから始まった。当時機械式のアンダーウッドのタイプライターで覚えたタイプは今でも両手でブラインドタッチである。打ち込みは今でもそこいらの若いものに負けない。

 

コストとプリンター

さて話は現代のカラープリンターのコスト、特にキャノンの戦略で「機械はお安く・消耗品のインクはお高く」の政策には最初から僕の場合おつきあいせず安い(実は化粧品と同じ中身はタダ同然で、安い非純正インク自体かなり割高)詰め替えインクを使用し今日に至っている。

 

2年ほど使ったキャノンのMG6730は目詰りしたので色々手を尽くしクリーニングカートリッジや超音波洗浄機で洗浄したりして直らず、仕方なく新品のプリンターヘッドをAmazonで中国製を購入したりしたが結局直らないので諦めて新しいキャノンのプリンターMG3630をお名前ドットコムで価格比較し最安値、税込み運賃無料¥5,270で購入した。

 

このプリンターを購入した最大の決定要因は、「インクタンクにプリンターヘッド」がついていることだ。

 

使用しているとインクが純正や非純正に拘らず、キャノンのプリンターは必ずプリンターヘッドに目詰まりを生じる。

 

その証拠として、インク業者が目詰まり解消のグッズ類を堂々と販売している。キャッチも奮っており「お客様の声から生まれた」「プリンタの目詰まり解消」等と・・・おまけにプリンターが何をどうチェックするかわからないがICチップ搭載とある。どうやらキャノンはお客様の声を大事にしないようである。

 

高田代表と同じキャノンのMG6730を約1年前、その前のプリンターのプリンターヘッドが赤インクで目詰まりを起こし、又その前のプリンターは黄色で目詰まりを起こした。その都度プリンターヘッドの修理を試みて失敗、都度プリンターヘッドで悩まされてきた。この度はインクタンクにプリンターヘッドのついたものを購入した。これまで大体7台くらいプリンターを駄目にしてきた。その全てがプリンターヘッドの目詰まりが原因であった。

 

キャノンのプリンターが壊れるサイクル、「キャノンタイマー」は、ここ数年非常に短くなってきている感じがする。直近の物は2年でだめになった。

 

キャノン自身この苦情「インクの目詰まり」の多さに悩まされてMG3630は常に新品交換されるプリンターヘッド付きのインクタンクを考案したのであろうか?キャノンは今や考え出した企業の欲望を満たす、企業利益を生み出す政策に自縄自縛になりユーザーにインクタンク交換ごとに新品プリンターヘッドを提供するという解決策、すなわちお客様の声を活かしたのだろうか・・・

 

要するに純正インクを使っても目詰りするので、インク交換ごとに新品のプリンターヘッド提供に解を得た?

 

過去このプリンターヘッドと言う部品を購入したが最低6000円ほどする高価なもので、一方キャノンの修理センター等に修理料金を聞くが、きょうび新品プリンターのほうが彼らの修理代より遥かに安く修理センターと言う言葉自体死語化している。

 

実にもったいない話であるがプリンター本体、長持ちしない消耗品と同じだとも言える。しかし分解してみて分かるのであるがかなりの部品点数があり各部品は高精度に専用の素材を使用して作られたにも関わらず販売者の利益込み5270円を弾き出すためには、相当合理化された最新自動生産ラインを持ち、ペイする販売数がなければ成り立たない。実にご苦労様なことである。長けたベンチャーでも恐ろしくて近寄りもしないアイテムである。

自分の業界にも当てはまるが毎年新型眼鏡を発表しないといけないというトラウマ、プリンターメーカーも毎年新型発表をしている。だが使用する人間に新型などなく昔のままである。ハッキリ言って発展途上で自信がないことの裏返しかもしれない。プリンターを使用していて、5年前も今も目的と方法は殆ど変わっていない。毎年新型が出て、古い機種はたたき売り。

 

消耗品で儲からない時代

では一体誰が一番儲けているのか?今まで恐らくこのインクにまつわる非純正インク供給業者が一番儲けて来たのではないだろうかと思う。しかしこの業界もツワモノが現れてきた。他でない百円ショップ各社がここに目をつけ販売を伸ばしている。老舗非純正インク業者を百円ショップが追撃し始めて、老舗非純正インク業者の儲かる色水商売も儲からなくなってきている。

 

疑いを持つユーザー

最近疑い始めたのは、このインク自体多少の違いは有ってもほとんど同じ色水ではなかろうか?である。以前はプリンターヘッドが高価なため少しは壊れにくいだろう純正に近い非純正インクを使用してきた。上記に伸べたとおりもはや使用方法やインクの質など恐れなくなった。プリンターヘッドが詰まって困らないプリンターヘッド付きのインクタンク+安いプリンター登場である。

 

小生には使い残しのインク=色水がまだ沢山残っており、新規購入したインクを使い切った段階で古いインクを試してみようと虎視眈々と狙っている。無論百円ショップの色水も然りである。

 

プリンターの廃棄処分

さて問題はこれだけに終わらず一番厄介なのが壊れたプリンターの廃棄処分である。確か大阪市の廃品回収手数料が1000円程で、捨てるに手間暇コストのかかる代物である。エコにこだわり始めると何でも安く無料で処分したいのが人情。

 

手元に電動ドライバーが有るので暇な時合間を見て簡単に分解しプラスチックと金属部品に分別しゴミとして捨てて来た。大きなプラスチック容器は足で踏み潰したりして故障のストレス解消には役立つ。容積はかなり小さくなる。無論行政の指導する分別廃棄を履行し適宜無料ゴミとして処分している。

 

インク詰め替え作業

今回買った5270円のプリンター、予備に買ったエコ・カートリッジ・リサイクルインクは純正より安く、現在使用しているインクを消耗した時使用し、詰め替えインクを別途購入してあり、インクに付属するハンドドリルでカートリッジに穴を開けインクを注入するものである。

 

以前インク詰め替え時、キャノンのインクタンクにはプラスチック球がインク充填後詰められておりこれを器用に抜いて再利用していたが、考えてみるとインクタンク内にはフィルターが入っており、ドリル粕など濾過され加えてプリンターヘッドにもフィルターがついているためこれは心配しすぎと言うものだ。プリンターヘッド付きのインクタンクであれば、壊れればリサイクル・インクカートリッジをネットで購入すれば済み、今や無敵恐れるに能わずである。

 

詰替作業の説明書は次の通り、実に懇切丁寧に書かれているものである。インク交換に際しプラスチックの手袋が付属しているが、小生は滑るのがいやで素手でやるため、作業の後派手な各色インキが手について大仕事した、節約したという快い実感が湧く。手に付いたインキは、水性であるが石鹸ぐらいではなかなか落ちず、お湯と石鹸でやっと落ちる。ご褒美は、近くの銭湯に行くことである。

MG3630Ink 注入方法

MG3630Ink 注入方法1

MG3630Ink 注入方法2

MG3630Ink 注入方法2

 

ラオス旅行記

月の連休中夫婦でラオスを連休中は、代休で営業し連休あけの5月13日から18日まで観光で訪問。

ラオスへは、日本からダイレクトで行くことが出来ず、韓国仁川国際空港からの出発でした。

いざ関空から一路韓国仁川国際空港へ

 

連休あけとは言え空港は発着のラッシュアワーで離陸待機中、写真下は離陸後の関空を見渡したところ、上昇中。

3日間韓国ソウルで過ごした後、ラオスエアーで今度はラオス・ビエンチャンのワットタイ国際空港へ、写真は仁川国際空港とラオスエアー用の搭乗券。

 

約5時間掛け到着したワットタイ国際空港は工事中(間組が受けていた)であったが、何か昔の伊丹空港を思い出させる感じであった。到着後乗り継ぎでルアンパバーンへ。荷物
預かり証を座席前のポケットに入れたままで降りたた
め確認のため少し手間取ったが難なく乗り継ぎ手続完了。ただし飛行機が延着のため約1時間ほど待たされた。

空港施設はまだまだお粗末でフィンガーは無く駐機された場所まで歩きタラップで搭乗であった。機材は、全てエアバスの中古飛行機であった。人件費が安いからもう少し手入れすれば乗客も気持ちよく乗れるだろうと思ったが、何かの理由があるのだろう。

写真はルアンパバーンまでの風景と到着間近で見えた町並みなど

 

長時間の飛行後暗くなってからホテルVilla Santi、Santi Resort & Spaに到着。Spaというからには温泉があるのか?と思いきや、温泉はなかった。

 

ラオスは北は中国、東はベトナム、南はカンボジアタイ、西はミャンマーと国境を接する内陸国。面積は日本の約63%に相当し、国土の約70%は高原や山岳地帯で人口は約700万人である。

ラオスは、豊かな地下資源に恵まれているのだが、山脈沿いに接するベトナムが米国と戦争していた折、いくらベトナムを攻撃しても衰えること無くおかしく思った米CIAが親しくするミャオ族(モン族:中国からインドシナ半島まで広域に居住する少数民族)に調査させ国境沿いにホーチミン・ルートがあることを突き止めた。この情報により戦況は米軍に有利に働き、功績の有ったモン族の多くは米国に移住したという。だがラオスでは裏切り者としての扱いを受け殆どのモン族は貧しい暮らしを強いられていると聞いた。

この後、米国の爆弾在庫処分と言うか甚大な量の爆弾爆撃をラオス側のホーチミン・ルートに投下したと言われ、国境沿いの山脈には今も日本で時々発見される不発弾が大量に残っており、ガイドから聞いた話では今も年間150人程の死傷者が継続して被害に遭っているということであった。

ラオス人の人柄は、数少ない現地の人の接点、店屋、ホテル、飲食店などで接した印象から、人々は貧しくとも大人しく慎ましやかな生活を日々送っているという感じだった。おみやげも派手で嫌気の差す人を欺く偽ブランド品など無く、質素な民芸品(衣類などは恐らく中国製が多いと思われる)が多く、地元の人にお金が落ちるようできるだけ現地生産されたお茶などを購入した。

内陸国で海外との貿易が出来ないのがこの国の発展を阻害してきている感じだった。

また国民は、我々のようにガスや石油を使用するのではなく、炭を多用するためこのような七輪のようなものが売られていた。

 

さて話は観光に戻り翌朝ルアンパバーンの僧侶の托鉢を見に出かけた。本来は信者さんたちが日常生活で行っている喜捨を、観光客に知ってもらう意味で行っているとのことであった。喜捨に使うもち米のお櫃と中国製の菓子類など約3米ドルで参加する事ができる。

喜捨が行われる夜明けの町並み

 

喜捨をする方法を真剣に聞く観光客

 

ガイドが女性は僧侶に触れてはならない旨、強調し説明していた。

 

椅子は喜捨の材料を販売するお店が用意したものである。

 

喜捨は、庶民や徳のない者に善を積む事を僧侶が助ける行為であり僧侶に恵みを施し助けるための行為ではないという。

どこからと無く僧侶たちが各寺院から現れてきて喜捨を受け静かに立ち去っていく姿を眺めていた。

また写真に見える籠があるが何のためのものか最初何のためのものか?ゴミカゴくらいに思い、さして気に留めなかった。

説明を聞くと、いくら大勢の僧侶が喜捨を受けても全てを抱えて受け付けられるのではなく、抱えきれず余ったものを貧しい人のために投げ入れるためのもので、僧侶が立ち去った後貧しい人たちが分け合えるために備えてあるものだという説明であった。したがって我々の目からせっかくの喜捨が捨てられたと思うのは早合点である。

僧侶は幼い子どもの修行僧から大人の僧侶までいたが。レンジ色の袈裟の着方に違いが有り、ある程度徳を積んだ偉い人は両肩を覆い、修行中の僧は片側だけ覆うという違いがあるとの事であった。別の説明では年齢で差を作っているとの説明だったが20歳を超えた僧でも片側を覆わない人がいたので、徳を積んだかどうかの区別であるという説明に納得が行く。

僧侶は全て裸足で歩いていた。これも修行の一つであるという。熱帯の道路言うまでも普通熱くて歩けないのを歩いて知るという説明だった。

まっ 頭の毛を剃っているのでお坊さんの年齢がどうなのかは正直言って解り難い。右の肩を露わにしているのは修行中の僧であることを表している。

 

 

訪れたルアンパバーンは街全体が美しい街並みを保っており、街全体が世界遺産であるということであった。

次に自由時間が有ったので街の生鮮食品市場を訪れた

 

ある程度観光客も見受けられ観光化しているとは言えやはり庶民の胃袋を満たす贖罪で溢れており、色々買い食いをした。生物は危ないので揚げ物などを食べた。

 

 

パックに入っている果実はドリアン。完熟状態でないので臭みはないがほんのり甘く生栗の味がした。

 

マンゴスチンやマンゴーは、食べにくいが美味しかった。マンゴーにも色々種類があることも知った。

 

街では行きた鶏や蛙など売られていた。ラオスで味わった鶏と豚に関して、鶏や豚などの専門的な養鶏場や養豚場からの供給はほとんどなく、庭先で走り回っている鶏や豚が主で肉質は少し硬いが鶏や豚元来の味がしてどれを食べても美味しかった。

 

下の写真は朝ホテルで所望して食べたコメの麺でできたうどんと言う感じの朝食。ベトナムを訪れたことがあるが、ほとんど同じような感じの食材。ただし塩加減が絶妙にサれていて美味しかった。

 

 

宿泊したホテルは、リゾートタイプのホテルだったが、広大な敷地に庭園が有りそこそこ手入れされてとても良いと思った。

 

クアンシーの滝

 

ガイドは豚のように太って滝上に登った事がないようだった。したがって観光客も自分に合わせようとする意図がありあり。

クアンシーの滝に訪れる観光客の皆さんは、ガイドは豚のように太っており登った事がないらしく、冒険心が強く皆で登ってみようということになり、滝の横の山道を登山。

 

 

実は、滝上は滝下同様整備されていた。

 

 

滝上からの眺望、

 

ブルー色の水が蓄えられた幾つもの池が段々畑のようになっている状態、いずれ中国の九寨溝、シャングリラを訪れる計画で有ったが、ここで見てしまい計画は危うくなった。

 

帰る途中飼育されている熊を見た

 

雨季のせいでさほど暑くもなく、よく食べてよく寝ている。人が来ようが全く関心ない様子、昼寝を貪っている感じだった。網で囲ってあるが、本気になれば簡単に脱獄できそうな感じだが、三食昼寝付き、強いて厳しい自然で暮らす必要は無いから逃げないのだろうと、勝手に想像。

 

欧米人が水遊びに興じて帰る途中に出会わせた、彼らは水質について関心があるのかどうか?小生も後にカヤックでメコン川下りをし、現地人の漕ぎ手と同乗し、彼らが冗談で水をかけてくれるのだが、汚い水に棲むアカウントアメーバーが運悪く目に入ったら失明することを知っており少し心配した。現在まで異常がないので大丈夫だろうと思っている。

 

少なくとも海外に出て水遊びするのであれば、ゴーグル持参し、目を洗うときはホテルであろうとどこでも水道水はご法度、信頼できるミネラルウォーターで洗浄することをお勧めしたい。日本ほど水道水が衛生管理された国は非常に珍しい事を知るべきである。

 

無論透明できれいなプールの水も同様、信頼できるものでは無いと思う。

次に車で移動しワット・シェーンへ訪れた

 

ワットは、ラオス語で僧がいる寺院を意味するとのこと、タイなどにある寺院と同様の建築物が多い中、ワット・シェーンはラオス独特の建築様式をもっており、この寺院はその中でも美しさを誇るとの説明であった。

きらびやかに光るのは、緑や青色、金色の硝子でできた鏡がモザイクのように埋められているせいで光に輝いて見えた。

 

壁面に描かれた木は、命の木だそうである。

 

単なる絵では無く、してはいけない事をするとこのような目に遭うストーリが・・・中に頭が胴体から離れている図などあった。ラオスは女系社会でその辺の事も背景に描かれているとか・・・あまり良くわからなかったがスカートを履いている人のことだろうか?

パノラマで

 

赤いお堂の中

 

 

この後、車で移動し「バーン・サーンハイ」と言う村からボートでメコン川沿いにある洞窟 「パークウー洞窟」へ

 

 

僕は蛇やムカデは大嫌いだが店頭に並ぶその数々、蛇はなんと子供のコブラだそうで、とてもお土産に買おうという気になれなかった。

 

瓶詰めされた蛇は皆さん尻尾を咥えるポーズをしているが、整えるのは大変な手作業だろうとそのほうが気になった。強壮効果も疑わしく、下手な毒でも飲むことになればそれこそ健康に害があるだろう。奇特な方がおみやげに買えばいいし御免被りたい。

 

 

洞窟は川の神と関わり合いがあると信じられ、ラオス皇室が存在していた頃毎年新年の祈りを捧げられた由緒ある場所であるとのこと。4000体の仏像が納めてあるらしい。

 

これらの仏像は木彫りや松脂を固めて作った像に赤や黒のラッカーで塗装し金箔を施してあるらしい。他に動物の角やブロンズで出来たもの或いは素焼きの像などがあると書かれていた。

 

この後帰る途中でスコールに見舞われた。

熱帯の雨粒の大きさも然ることながら、バケツを引っくり返したような感じ。船頭さんも少し危険を感じたようで船を岸辺に寄せスコールが過ぎ去るのを確かめて再出発し元の船着き場へ戻った。

 

翌日バンビエンへ移動

洞窟探検ごっこ、ジップライン、カヤック下りなど

残念ながら携帯電話を壊したり水没させるおそれがあるとのことで携帯を持たずに出撃

 

バンビエンの庶民市場

 

こちらに来てまたぞろ気がついたのが山々の美しさ、似ている!まだ行ったこと無い桂林の風景・・・という事でラオスで九寨溝と桂林を期せずして体験することになった。

 

 

ブルーラグーン、料金払ってこの湖?池だろ。見る値打ちがあるのかどうか?(笑)

バンビエンから首都ビエンチャンへ

到着したのは夜、ホテルからの夜景が綺麗だった

ところがである、川向うはタイだとのこと。小生は今から20年ほど前仕事でほとんど毎月タイへ出張していたが次のような事情は全く知らなかった。ラオスとタイの関係は無論陸続きではあるが、ベトナム戦争時何かのペナルティで米国がラオスの穀倉地帯である平野部をタイに無償で譲ったらしい。お陰でタイは裕福な農産物を得て、ラオスはベトナムと接する山脈に眠る地下資源はアメリカの爆弾在庫処分のお陰で不発弾だらけの危険な山、実に踏んだり蹴ったり。

 

 

また後で紹介するエメラルド寺院の話、本尊のエメラルド像はタイの脅迫で届けて流血の惨事、戦争を回避したという話も相まって同情する。

翌朝ビエンチャンから仁川国際空港に出発するまでの間の観光名所を訪れた。

ワット・シエンクアン

一人の僧侶が一人で作ったコンクリート製の彫塑、どちらかと言うと芸術品と言う感じ、ラオスのサクラダ・ファミリア。随所に仏教とヒンズー教の思想が織り込まれており素晴らしい建造物と言う感じだった。

残念ながら、このような文化遺産を珍重する考え方が薄く、手入れ保存されること無く観光客が自由に建造物に入り手を触れることにより、劣化が激しく傷んでいるのが随所に、見受けられた。

 

お面の上に時計が・・・なんかモダンさが溢れています。この建物実は中が三階立てで一階は地獄、2階は天国、三階は解脱、その上は何か涅槃とか説明を受けた。てっぺんの木のようなものは生命の木だそうである。奇特な僧・・・少し?大分変わっている方のようでした。セメントやレンガ・鉄筋で長年かけて作ったらしい。芸術性の観点から高い美術作品と思うけど、手入れされず荒れ放題。

入り口で入場料を取っていたが、維持修理のために使用している形跡なし。

 

 

一階の地獄広場。

2階の天国

天国への階段。

建物のてっぺんにある生命の樹

 

建物天変から撮影した講演もしくは寺院の全貌

 

 

お釈迦様の涅槃像は、風雨と苔でパンクモード。

 

アメリカのロックバンドのパンクファッションが流行るそうとう昔の出来事。仏像の目の周りがロックバンドのパンクファッションを思い出され、妙に親しみを覚えた。胸の張り出しは女性を表しているのかと思ったり。

 

次に訪れたのは塩工場

大昔、ラオスは海の底で岩塩のある層から塩水を井戸で組み上げ、沿岸のない国に貴重な塩を供給していたらしい。

 

この後メコン川の船上で食事

日本で言う屋形船でお食事と言う感じ。川エビが妙に美味しかった。

 

この後国立博物館へ

 

現在の地図

州に色分けした地図。

 

アメリカがタイに領土を譲る前の地図。メコン川の両岸はラオスの領土であった。平地で豊かな穀倉地帯はタイに領土を奪われている。

 

博物館にある金製の仏像、簡単なステンレス製の檻の中に保存されていたが、相当高価なものであろう。やはり国が貧しいため博物館の施設は貧弱であったが中身の濃い展示物が多く有った。

フランス植民地時代の市民弾圧の絵画

 

 

次に訪れたのは元祖エメラルド寺院、ホー・ケパラケオ

ここに安置されていたエメラルド像はラオスの国宝であった、勢力を誇っていたタイがラオス王室を脅迫し、ラオス側が血を見る争いを嫌い仏像をタイ迄運んで戦争を避けた経緯がある。今で言う負け犬ということだろうか、寺院には僧がいない事を表すHOが接頭詞として使われている。

 

中はとても良く整備された庭園のある寺院だった。隣は王宮だそうである。

 

今は本尊のエメラルド像の無い寺院

 

この後That Luang ラオス最高の仏教寺院へ訪れた

 

ラオスの仏様は寝ながらも敬礼をするなどと不敬な考え。いかんいかん・・・

 

ここにはラオス最高位の僧侶がお暮らしになっているとのこと。途中小用を催しトイレへ、何処を訪れてもこの国では水が豊富なのか水洗式で大変清潔なので助かった。

 

この後パトゥーサイ(凱旋門)Patousayへ

パリの凱旋門を模して作られた戦没者慰霊碑。

何と慰霊碑の中にお土産店が、時間が遅かったことも有り全てを見るわけにも行かず店員はそそくさと店じまいの最中。何か特徴的なものは目に入らなかった。これなら何処の露天でも買える。

 

その階上に上がるとこの調子。テナントは戸を立てて退勤済み。

階段上から覗き見たらここもおみやげショップ。埃っぽく灯が消されているので工事中の現場と見違えた。

 

建物は遠くから見た目大変立派で細部に至るまで細かい細工が施されているのに反し、何か雑なおみやげショップは場違いな感じすらした。

階段から第一の屋上に出たところ

中に見えるのがおみやげショップ

ここから更に最上部に登ることが出来た。入園時間があと僅かで閉園という所で運良く最上部まで行くことが出来た。

フランスシャンゼリゼと凱旋門は行ったこと無いがアジアのパリ、凱旋門を訪れることが出来、併せてシャンゼリゼあらぬラーンサーン通りからビエンチャンの街並みを眺めることが出来た。

何の変哲もない帯鉄を曲げて作られた祈りを模ったリリーフ、ラオス人の芸術性を感じた。

次にこの後近くにある寺院を訪ねた、途中の街並みはこのような感じでバンコクの交通渋滞と喧騒との違い、静かな佇まいが気に入った。

 

この後ワット・シームアンに訪れた

王様の母親の粘土で出来た塔を支えようとして犠牲になった女性を記念する寺院、今日では王族より庶民の寺院として最高位らしいのですが、入り口のライオンが可愛いかった。一つも怖くない子供のおもちゃのような愛らしさ。恐らくこの寺院の庶民向きの寺院という雰囲気がそこはかと漂ってくるような気がした。

 

次におじいさんの像、中国の仙人かと思いきや地方から出てきて働く庶民のため拝める対象として作られた像だという説明だった。

バンコックでこの手の像をよく見たが、お隣ということで妙に納得して眺めていた。なんかご利益があるのだろうが、よく分からない。

華麗な彩りは庶民ウケが良いのだろうと思う。

 

5泊6日のラオス観光はここまでで終わり。バスに乗りワットタイ国際空港へ出発。到着後飛行機がまた延着で夜中1時半搭乗開始まで空港でウロウロし漸く搭乗し仁川国際空港へ、朝7時到着後午後2時まで連絡便を待ち帰国。

最後のラオス・ソウル・関空の強行軍はさすが疲れた。今回の旅行で気づいたのは、韓国からの旅行者が大挙して訪れていた。日本人はチラホラだった。

ブログを書いていて、写真の張り込みに大変苦労しました。自分で見てもあばら家のような作りですが、ラオスがどんなところであるか少しでもわかれば幸いです。

音楽を併せ聴きながら秋を満喫 U-tube マントヴァーニ・オーケストラ

Mantovani – Golden Hits (1967)

無粋な宣伝を外し音楽を楽しみたいものです。ブラウザをグーグル・クロームに切り替え

Adblock Plusと言うプラグインを入れると、無粋な宣伝がなく音楽を楽しめます。方法は次のリンクより

最近、ハードディスクに貯めていたCD等の音楽ファイルをBGMで使うこと無く、もっぱらU-tubeを利用するようになってきました。

星野 龍一