クリスマスカードと年賀状

クリスマスカードと年賀状

今年もクリスマスカードが届いた。イギリスから二通、アメリカら一通である。いずれも、20数年前アメリカに工場を作る仕事で親しくなった間柄である。

日本でいうクリスマスカードは、アメリカではSeason‘s Greetingsと呼ばれている。文面にもMerry Christmasという挨拶は用いない。アメリカは多民族,多宗教の国である。キリスト教に由来するChristmasという言葉は避け、国民の融和を図っている。

下は、先祖がアイルランドから移民できたTheiserさんからの季節の挨拶状である。Christmsの言葉は見られない。

イギリスからの二通にはいずれもChristmasが入っていた。

Shakespear生誕地のStratford upon AvonにすむSavageさんからのカードにはWith Best Wishes for Christmas and the New Yearとかかれていた。アメリカとイギリスではやはり国民性に違いがあるようだ。

ただ共通していることがある。それは封筒の宛名を手書きで書いていることだ。手書きで書くことによって相手のことを思い出だす。今でも自分のことを思い出してくれる人が世界にいるかと思うと嬉しくなる。

年が明けると年賀状が送られてくる。宛名は殆ど印刷されている。自分は今年も10数痛の年賀状を出したが、毎年宛名だけは手書きにしている。(高田 忍)

Xmas card

Xmas card

プリンター苦闘記

プリンター苦闘記

プリンターにまつわるヘビーユーザーの苦労話の殆どはインクとそのランニングコストにある。古いNECのパソコン発売当時のインパクトドットプリンターから幾多の変遷を経て今日ジェットカラープリンターに至るまでユーザーとして様々な修羅場を経てきた。

 

パソコンやプリンターとのかかわり合いの初めは高校時代家業にまつわる貿易のコレスポンデンスのため英文タイプとの付き合いから始まった。当時機械式のアンダーウッドのタイプライターで覚えたタイプは今でも両手でブラインドタッチである。打ち込みは今でもそこいらの若いものに負けない。

 

コストとプリンター

さて話は現代のカラープリンターのコスト、特にキャノンの戦略で「機械はお安く・消耗品のインクはお高く」の政策には最初から僕の場合おつきあいせず安い(実は化粧品と同じ中身はタダ同然で、安い非純正インク自体かなり割高)詰め替えインクを使用し今日に至っている。

 

2年ほど使ったキャノンのMG6730は目詰りしたので色々手を尽くしクリーニングカートリッジや超音波洗浄機で洗浄したりして直らず、仕方なく新品のプリンターヘッドをAmazonで中国製を購入したりしたが結局直らないので諦めて新しいキャノンのプリンターMG3630をお名前ドットコムで価格比較し最安値、税込み運賃無料¥5,270で購入した。

 

このプリンターを購入した最大の決定要因は、「インクタンクにプリンターヘッド」がついていることだ。

 

使用しているとインクが純正や非純正に拘らず、キャノンのプリンターは必ずプリンターヘッドに目詰まりを生じる。

 

その証拠として、インク業者が目詰まり解消のグッズ類を堂々と販売している。キャッチも奮っており「お客様の声から生まれた」「プリンタの目詰まり解消」等と・・・おまけにプリンターが何をどうチェックするかわからないがICチップ搭載とある。どうやらキャノンはお客様の声を大事にしないようである。

 

高田代表と同じキャノンのMG6730を約1年前、その前のプリンターのプリンターヘッドが赤インクで目詰まりを起こし、又その前のプリンターは黄色で目詰まりを起こした。その都度プリンターヘッドの修理を試みて失敗、都度プリンターヘッドで悩まされてきた。この度はインクタンクにプリンターヘッドのついたものを購入した。これまで大体7台くらいプリンターを駄目にしてきた。その全てがプリンターヘッドの目詰まりが原因であった。

 

キャノンのプリンターが壊れるサイクル、「キャノンタイマー」は、ここ数年非常に短くなってきている感じがする。直近の物は2年でだめになった。

 

キャノン自身この苦情「インクの目詰まり」の多さに悩まされてMG3630は常に新品交換されるプリンターヘッド付きのインクタンクを考案したのであろうか?キャノンは今や考え出した企業の欲望を満たす、企業利益を生み出す政策に自縄自縛になりユーザーにインクタンク交換ごとに新品プリンターヘッドを提供するという解決策、すなわちお客様の声を活かしたのだろうか・・・

 

要するに純正インクを使っても目詰りするので、インク交換ごとに新品のプリンターヘッド提供に解を得た?

 

過去このプリンターヘッドと言う部品を購入したが最低6000円ほどする高価なもので、一方キャノンの修理センター等に修理料金を聞くが、きょうび新品プリンターのほうが彼らの修理代より遥かに安く修理センターと言う言葉自体死語化している。

 

実にもったいない話であるがプリンター本体、長持ちしない消耗品と同じだとも言える。しかし分解してみて分かるのであるがかなりの部品点数があり各部品は高精度に専用の素材を使用して作られたにも関わらず販売者の利益込み5270円を弾き出すためには、相当合理化された最新自動生産ラインを持ち、ペイする販売数がなければ成り立たない。実にご苦労様なことである。長けたベンチャーでも恐ろしくて近寄りもしないアイテムである。

自分の業界にも当てはまるが毎年新型眼鏡を発表しないといけないというトラウマ、プリンターメーカーも毎年新型発表をしている。だが使用する人間に新型などなく昔のままである。ハッキリ言って発展途上で自信がないことの裏返しかもしれない。プリンターを使用していて、5年前も今も目的と方法は殆ど変わっていない。毎年新型が出て、古い機種はたたき売り。

 

消耗品で儲からない時代

では一体誰が一番儲けているのか?今まで恐らくこのインクにまつわる非純正インク供給業者が一番儲けて来たのではないだろうかと思う。しかしこの業界もツワモノが現れてきた。他でない百円ショップ各社がここに目をつけ販売を伸ばしている。老舗非純正インク業者を百円ショップが追撃し始めて、老舗非純正インク業者の儲かる色水商売も儲からなくなってきている。

 

疑いを持つユーザー

最近疑い始めたのは、このインク自体多少の違いは有ってもほとんど同じ色水ではなかろうか?である。以前はプリンターヘッドが高価なため少しは壊れにくいだろう純正に近い非純正インクを使用してきた。上記に伸べたとおりもはや使用方法やインクの質など恐れなくなった。プリンターヘッドが詰まって困らないプリンターヘッド付きのインクタンク+安いプリンター登場である。

 

小生には使い残しのインク=色水がまだ沢山残っており、新規購入したインクを使い切った段階で古いインクを試してみようと虎視眈々と狙っている。無論百円ショップの色水も然りである。

 

プリンターの廃棄処分

さて問題はこれだけに終わらず一番厄介なのが壊れたプリンターの廃棄処分である。確か大阪市の廃品回収手数料が1000円程で、捨てるに手間暇コストのかかる代物である。エコにこだわり始めると何でも安く無料で処分したいのが人情。

 

手元に電動ドライバーが有るので暇な時合間を見て簡単に分解しプラスチックと金属部品に分別しゴミとして捨てて来た。大きなプラスチック容器は足で踏み潰したりして故障のストレス解消には役立つ。容積はかなり小さくなる。無論行政の指導する分別廃棄を履行し適宜無料ゴミとして処分している。

 

インク詰め替え作業

今回買った5270円のプリンター、予備に買ったエコ・カートリッジ・リサイクルインクは純正より安く、現在使用しているインクを消耗した時使用し、詰め替えインクを別途購入してあり、インクに付属するハンドドリルでカートリッジに穴を開けインクを注入するものである。

 

以前インク詰め替え時、キャノンのインクタンクにはプラスチック球がインク充填後詰められておりこれを器用に抜いて再利用していたが、考えてみるとインクタンク内にはフィルターが入っており、ドリル粕など濾過され加えてプリンターヘッドにもフィルターがついているためこれは心配しすぎと言うものだ。プリンターヘッド付きのインクタンクであれば、壊れればリサイクル・インクカートリッジをネットで購入すれば済み、今や無敵恐れるに能わずである。

 

詰替作業の説明書は次の通り、実に懇切丁寧に書かれているものである。インク交換に際しプラスチックの手袋が付属しているが、小生は滑るのがいやで素手でやるため、作業の後派手な各色インキが手について大仕事した、節約したという快い実感が湧く。手に付いたインキは、水性であるが石鹸ぐらいではなかなか落ちず、お湯と石鹸でやっと落ちる。ご褒美は、近くの銭湯に行くことである。

MG3630Ink 注入方法

MG3630Ink 注入方法1

MG3630Ink 注入方法2

MG3630Ink 注入方法2

 

12月22日の日記から

12月22日の日記から


1. 大阪の地下鉄-たった二駅の混雑

星野さんの店に9時過ぎに着くよう家を出て、阪急神戸線に乗った。通勤時間帯で勿論座ることはできなかった。梅田まで僅か10数分のことだから座らなくても我慢はできる。

地下鉄御堂筋線の梅田駅で午前8時半頃ホームへ降りると、停車していた電車には満員で一本見送った。ホームには整列乗車の矢印が大きく書かれている。そこに並んで次の電車を待った。この時間帯は二分ごとにダイヤが組まれている。直ぐに入ってきたで電車は一つ先の中津始発だったのか、乗客は少なく乗り込むことが出来た。しかし、あっという間にすし詰め状態。次の淀屋橋では降りる人と乗る人が同数で込み具合は変わらなかった。ところが次の本町で大半の人が降り、座席も空きが目立った。

難波で乗り換えた千日前線は、これでも通勤時間帯かと疑うほどすいていた。

夕方のテレビで大阪市内にタワーマンションの建設ラッシュを報じていた。働く世代が都心に住むようになれば、地下鉄の混雑は解消するように思った。

それにしても、梅田ー本町間のためにだけ過密ダイヤで地下鉄を運転しているのは無駄のような気がした。他に解決策があればいいのだが・・・

50歳になった頃アメリカ駐在を前にして、淀屋橋にある本社に半年ほど通ったことがある。梅田から淀屋橋まで御堂筋を歩いた。勤め先が淀屋橋や本町近辺にある人の内、何人かが健康のため歩けば解決の糸口になるかもしれない。

2. マイナンバーカードが使えない
一昨年、鳴り物入りで導入されたマイナンバーカード。住基カードや印鑑証明カードが一体化され便利になるという振れ込みであった。


そのマイナンバーカードを使える日がやってきた。印鑑証明を取るためである。


早速、星野さんの店から帰る途中、駅前のダイエーの中にある市民サービスセンターの窓口へ行った。時間は12時半頃で昼休みらしく窓口にはカーテンがかかっていた。一人だけいた係員に、マイナンバーカードで印鑑証明書を交付できるかと尋ねると、その答えはできないということだった。

これが第一の驚き。昔の印鑑証明カードなら受け付けるとのこと。料金は一枚300円。そこで勧められたのが、近くのコンビニで。そこならマイナンバーカードが使え、しかも料金は200円。これが第二の驚き。


コンビニへ行くと、多機能の複写機が置かれていて行政サービスをタッチし、印鑑証明を選択し必要枚数を入力、コインを入れるとプリントされて出てきた。


市民サービスセンターにも同じ複写機を入れれば職員も削減できるし、昼休みでも市民が利用できる。
「コンビニへ行ってください」との応対だけで仕事したような気になっているようだ。お役所の仕事とはこんなことかと、感心するやらあきれるやらの一日でした。

夙川サービスセンター

夙川サービスセンター

 

ローソン複写機

ローソン複写機

12月15日早朝の空 

12月15日早朝の空

 

12月15日午前6時頃南東の空の写真です。左は月、右の点は木星です。露出時間を15秒に設定したため、月が三日月のように見えますが、この間に移動したためです。実際は爪のように細い月でした。

写真には写っていませんが、月の左上には火星が赤く輝いていました。

12月15日6時東の空

12月15日6時東の空

(髙田)

近江商人の町を訪ねて

近江商人の町を訪ねて

日野祭

 

 日野は、近江八幡、五個荘と並ぶ近江商人を輩出した町である。現在も商社や百貨店はじめ多くの企業が活躍している。

 5月3日は日野祭の日である。午前11時に馬見岡綿向神社に16基の曳山が集まった。日野町は滋賀県で唯一残る町で人口22000人である。これだけの人口で16基の曳山を維持する地元の人たちの苦労は並大抵ではないと思った。いずれも1700年代から1800年代に作られた。


 曳山には、かつてこの地を治めた蒲生氏郷公や井伊直政、直虎など地元にゆかりのある人の像が掲げられていた。中には天秤棒を担いで行商をした近江商人の姿もある。

 近江商人の考え方は三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)といわれ、現代に通じる経営理念である。近江に本宅を置いて関東や東北で商売をしていた。

 曳山が神社から御旅所まで向かう本通りに面する家々では「桟敷窓」があった。板塀を一部切り取り、中に桟敷を作って曳山を見る。この土地ならではの光景である。

 

ある家の中を覗き込むと屏風が飾られ、その前で伝統料理を味わいながら祭りを楽しむようであった。

 

 

五箇荘

 

 ある商家には天秤棒が置かれていた。近江商人が天秤棒で運んだものは、麻などの商品ではなく商品カタログだという。近江商人は富山の薬売りの様な小売商ではなく、卸商であった。その頃から総合商社の役割を果たしていたという。

 近江商人の研究家、小倉栄一郎氏によると、地場産業が早くから発達していた。近江八幡の蚊帳、畳表、日野の塗椀、売薬、五個荘の麻布である。いずれも原料は他国産で、これを調達して農家に内職に出した。内職は分業で行われ、これを製品に仕上げ、問屋が販売するという仕組みが出来た。

 

 

 私小説家として知られる外村繁は五箇荘の呉服木綿問屋の商家の生まれである。生家には、家訓が展示されていた。

第一条 業務に勉励し、商店の利益増進を図るべし(売り手よし)

第二条 得意先は勿論、取引先下職に対しても言語動作を慎み大切に応接すべし

 

 外村繁は高校の大先輩である。その作品に昭和31年の真文学賞を受賞した「筏」がある。このほか「草筏」「花筏」がある。生家の門前に花筏が植えられていた。

 

 古い町並みが残され、街の中を流れる川には鯉が泳いでいた。また川には花壇が置かれ、季節の花が咲いていた。

 

アメリカの商人(あきんど)

アメリカの商人(あきんど)

アメリカのトランプ大統領は、日本は自動車を大きな船に乗せてアメリカに持ち込むが、日本は閉鎖市場でアメリカの車を買えないようにしていると非難する。たしかに、アメリカでは日本車がよく売れている。写真は15年ぶりにアメリカを訪れたとき、ヨセミテ公園(カリフォルニア)の駐車場で撮ったものである。GMの車が一台あるだけで、他は全て日本車であった。

高田氏提供

高田氏提供

アメリカの主張に対して、日本政府関係者は1980年代の認識だと反論する。1980年代には日米の間で自動車摩擦が起き、多くの日本の自動車メーカーが北米に工場を作った。自動車部品を作る会社に勤めていた私は、オハイオ州に工場を作る仕事に携わり度々日本とアメリカの間を往復した。工場が完成すると、自動車の町デトロイトに駐在し営業の仕事に携わることになった。

ある時、日本から上司が出張してきた。靴を買いたいというので、大きなショッピングモールの中にある老舗の靴屋に案内した。店の主人は、足のサイズを測り、店に倉庫に置いているいくつかの靴の中から、足にぴったりの靴を選び薦めた。それから一年ほど経った頃のことである。アメリカに来た上司が、もう一度靴屋に行きたいという。履き心地が良いから、さらに一足買いたいという。

店の主人は、一年前と同じようにサイズを測った。しかし、一年前とは少しサイズが違うようだった。主人は、「間違ったサイズの靴を薦めて申し訳なかった。」といって、一年前に支払った代金を返してくれた。店の名はJonston Murphyという。

(写真は20年経った今も型崩れしないアメリカの靴)

(写真は20年経った今も型崩れしないアメリカの靴)

デトロイト郊外のアパートの近くに洋服屋(テイラー)があった。腕が良いという評判のインド人の職人で、7年間のアメリカ駐在中に何着かの背広を仕立ててもらった。ある年のことである。柄物のシャツを誂えてもらった。出来上がったシャツを見ると、色の具合が注文したものと違うように思った。実際は私の思い違いであったが、テーラーは自分に非があるといって、料金を取らなかった。

アメリカの自動車メーカー、フォードは昨年日本市場から撤退した。それを日本は閉鎖市場だとトランプ大統領に訴えている。フォードは約100年前T型モデルという単一モデルだけを大量に作り消費者の売りつけて大きくなった会社である。それから時代は変わった。消費者の好みも変わった。それに合わせた車づくりが求められている。いくら政治的圧力にたよっても、会社は発展しない。是非、デトロイトの靴屋や洋服屋から「あきんどの精神」を学んでほしい。靴に足を合わせるのではなく、足に靴を合わせる考え方に替えて欲しいと思う。

(髙田 忍)

02/17/2017

「ひこにゃん」はなぜ猫か?

「ひこにゃん」はなぜ猫か

今年のNHK大河ドラマは 「おんな城主直虎」 である。

NHKの大河ドラマが初めて放送されたのは昭和38年である。今年の大河ドラマ「おんな城主直虎」は56作目である。

再び井伊家が登場する。そのためか、彦根市のマスコットキャラクター「ひこにゃん」には全国のファンから多くの年賀状が届いたという。

粗製乱造気味のゆるキャラの中で、「ひこにゃん」は「くまもん」と並んで人気がある。「くまもん」は、熊本の熊であることは容易にわかるが、彦根はなぜ「猫」なのか

ひこにゃん

ひこにゃん


2代目直孝は、徳川秀忠、家光、家綱の執政を務め大老職に就いた。徳川幕府の役職は「大老」「老中」「若年寄」などの、年寄臭い名称が使われる。

これは徳川家が三河で使っていた役職名を持ち込んだからである。

 

井伊家は譜代大名筆頭格で、徳川幕府の中で5人6回(4代直興は2回)の大老を出している。このような地位を占めたのは、いずれ「おんな城主」で明らかにされると思うが、織田信長が本能寺の変で暗殺された後、徳川家康が伊賀越えで三河まで逃げ帰るときに、初代藩主となった直政が護衛し命を守ったからとされている。

 

直政は関が原合戦の後、石田光成の居城、佐和山城を攻める先鋒を務めたが、翌年亡くなった。

 

彦根藩は35万石を与えられた。内訳は近江国28万石、佐野領(現在の群馬県)1万8千石に加え世田谷領が賄料として2千石与えられた。世田谷は井伊家の所領であった。

 

これは江戸藩邸の藩士たちの食費のようだ。このほか幕府の役職手当としてに対して5万石が加わる。

 

ちなみに一石とは成人の一年間のコメの消費量の単位である。一食一合として、一日三合、一年約千合で、これが一石に相当する。そして太閤検地の頃、一石の米がとれる田の面積が一反と定められた。

 

東京の世田谷に豪徳寺というお寺がある。

小田急線に同じ名前の駅がある。

今年一月の半ば豪徳寺を訪ねた。

言い伝えによれば、井伊の殿様が鷹狩か領内見回りかの目的で寺の近くへ来た。その時、雷鳴がとどろき、門前の大木の下に雨宿りした。その時、寺の猫が手招きをして招き入れた。その直後、大木に雷が落ち命拾いをしたとの言い伝えがある。

豪徳寺の猫は井伊家にとっては命の恩人というわけである。寺には沢山の招き猫が供えられている。一月のことで、訪れる人は少なかったが、直孝をはじめ直弼までの藩主の墓がある。

 

豪徳寺(東京世田谷)

豪徳寺(東京世田谷)

 

 

 

豪徳寺の招き猫

豪徳寺の招き猫

 その前日、幕末の大老井伊直弼が水戸浪士に暗殺された桜田門を訪れた。

暗殺されたことを示す碑の様なものはなく、お堀の周りを多くの人がジョギングをしていた。

彦根藩邸跡より桜田門を臨む

彦根藩邸跡より桜田門を臨む


護衛をしていた彦根藩士の内、現場で死亡したものの他、傷を負ったものは切腹、負わずに逃げ帰ったものは全員打ち首となった。水戸藩士18名も明治まで生き延びた2名を除いて亡くなっている。

井伊大老は安政の大獄で独裁者とのイメージ作りが明治政府によってなされたが、「開国」という決断をしたことによって、今日の日本があると確信している。墓は世田谷豪徳寺の片隅にあり、今日の日本を眺めているに違いない。

井伊直弼公の墓(東京世田谷、豪徳寺)

井伊直弼公の墓(東京世田谷、豪徳寺)

02/06/2017

近畿 KINKI

関西と近畿

この地域には、名前に関西や近畿をつける会社や団体が多い。

「関西の気象情報をお知らせします」これはNHKテレビで毎日耳にする言葉である。

そして、冬であれば「近畿北部は大雪でしょう」が続く。関西と近畿はどのように違うのだろうか。NHKの関西の気象情報の地図は、近畿二府四県に三重県に四国の香川県と徳島県を含んでいる。近畿北部は兵庫県、京都府の日本海沿岸地方のようだ。関西が広い範囲であることがわかる。

古い都があったこの地域は「畿内」といった。山城、大和、摂津、河内、和泉の五つの国である。「近畿」は「畿内」に近い所というのが名前の由来である。

「関西」とは関所の西という意味である。具体的には、近江と他の国を隔てる関所、すなわち愛発関(越前)、不破関(美濃)鈴鹿関(伊勢)のことである。近江より西が関西である。

この定義からすると、NHKが関西に三重県を含めているのはおかしいということになる。

 詳説日本史研究(山川出版社)よりいashuppamsha 

詳説日本史研究(山川出版社)よりいashuppamsha

 

 この地域には、名前に関西や近畿をつける会社や団体が多い。

関西を名称にしている代表的なものは、関西電力、関西学院大学、関西大学、そして海外との玄関口関西国際空港がある。

一方近畿はというと、養殖マグロで一躍有名になった近畿大学、青の交響曲で知られる近畿日本鉄道、役所では経済産業省近畿経済産業局などがある。

ところが興味深いことは、これらの英語名である。近畿大学であれば普通KINKI UNIVERSITY、近畿日本鉄道はKINKI NIPPON RAILWAYではないかと想像する。ところがいずれも「KINKI」を使わない。近畿大学は「KINDAI UNIVERSITY」、近鉄は「KINTETSU RAILWAY」である。役所の方は「The Kansai Bureau of Economy, Trade and Industry」と、近畿を関西に置き換えている。

大阪:阪急梅田駅構内広告

大阪:阪急梅田駅構内広告

 

だから海外からのお客さんの玄関口が、「近畿国際空港」ではなく「関西国際空港」と名付けたのはうなずけるKINKIを避ける理由は、英語の「Kinky」と発音が似ていて、「HENTAI」を連想させるからである。だじゃれではないが、KINKIは禁忌である。

もっとも、大阪には一文字違いであるが「KANKYO」の看板を屋根につけたタクシーが堂々と走っている。関西ハイタク事業協同組合に所属するタクシーである。

 

 JR大阪駅タクシー乗り場


JR大阪駅タクシー乗り場

02/06/2017